noname

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 春は春とて桜は蕾。先に咲いたは梅の花。枝の上にはうぐいす一羽。冬のころから先達に習い、朝に夕にと学んで歌う。ところが下手も下手なりで、メジロに笑われ、人には首を傾げられ、ぴよぴよ自信をなくし、植え込みの中へ隠れて泣いた。それでも学ぶを諦めず、霜の降る日も歌って泣いて、今日は今日こそ、晴れの舞台。仲間の声が谷を渡って、春よ春よと季節を告げる。いざと思って息を吸って、大きく開いたくちばしで、歌いたいのにため息ばかり。ぴよぴよ悲しくなってきて、梅の枝に座り込み、小さな体を震わせる。
 ここは細道、通りゃんせ。びゅう、と一陣、風が吹く。桜に季節を譲ってか、梅の花は散り模様。花びらひとひら、ひらりと舞って、鳴かないうぐいすの頭を撫でた。

 どうしてお前は鳴かないの
「歌が下手くそなんだもの。」
 どうしてお前が下手だとわかるの
「皆と同じに歌えないもの。」
 どうして同じになりたいの
「うぐいすの歌を歌えない鳥が、どうしてうぐいすでいられるの。」
 私はおまえの歌を聴いてきた。ずっとずっと聴いてきた。お前が私のうぐいすで、お前の歌が、私にとってはうぐいすの歌だ。お前がうぐいすであることは、私には今更間違えようもない

 うぐいすは少し考えて、小さな声で「ホケキョ。」と鳴いてみた。梅の木は優しく花を揺らし、うぐいすに頼んだ。

 私はとても年寄で、小さな声は聞こえない。あぁ、私の花が全て散れば、私の春もそこまでだ。来年にはもう、咲けるかどうかわからない。春に春告げ鳥の歌を聴けないとは、なんとも寂しいことだ

 びゅう、とまた風が吹き、わっ、と梅の木に巻き上がった。白い花びらがいくつもいくつも、枝から離れて散り落ちる。うぐいすは慌てて立ち上がると、胸いっぱいに息を吸った。失敗するのは変わらず嫌だった。けれど、歌いたいのも本当だった。仲間の名誉のためだからと、口をつぐむのは悲しかった。だから、たった一人でも、聴きたいと耳を傾けてくれるなら、春を告げるこの誇らしさを、どうか受け取って欲しいと願って。
「ホー、ホケッキョッ。」
 谷を渡る、少し跳ねた歌声。誰のものとも違う、澄んだ声色。はら、と土に触れた梅の花が、微笑んでいた気がする。


【神様が舞い降りてきて、こう言った】

7/28/2023, 2:28:01 PM