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 天罰が下ったのだと思った。
 今までの人生、私は世界の誰よりも自由奔放に暮らしていた。特別働きに出る必要のないほどの先祖の莫大な遺産の元、好きに寝起きし、自由に出かけ、行く先々で豪遊し、恋愛を楽しんでいた。たとえ相手が既婚者だろうと、一夜の情熱的な恋は私の心を満たしていた。

 だから天罰が下った。
 労働に勤しむ人々を嘲笑い、他人のモノを奪ってまで心を満たしていたから。私以外の人間をぞんざいに扱っていたから。他人の幸せを邪魔していたから。

 莫大な遺産といえど、大金を所持しているなら徴収がある。細々した金額だから気にしていなかったが、何年も何十年もかけて取られた合計額に白目を剥いた。一生遊んで暮らせると思っていた莫大な遺産は、徴収と散財でほとんど残ってなく、借金だけが嵩んでいく。
 返済が思うようにいかなくなると、モノや土地が差し押さえられていった。煌びやかな住宅に隅々まで行き届いた庭園、老舗の高級メーカーで揃えた家具、高級ブランドの衣服に装飾品。頂き物である骨董品も片っ端から奪われていく。私の手元には、膨れ上がった借金しか残らなかった。
 働きに出ようにも学歴や職歴がない。雇ってもらえる職場は日雇いの仕事で肉体労働を強いられる日々。心身共に疲労の塊だった私は、思い切って住み込みで働ける召使いの仕事へ就いた。
 私がかつて嘲笑っていた仕事に、自ら身を置くしかない状況。因果応報という言葉が頭をよぎった。

 この豪邸とも呼べる屋敷には女主人が一人で暮らしている。執事や召使い、他の手伝い人が住み込みで雇われているが、実際暮らす場所は屋敷からずいぶん離れた場所にある別邸だ。仕事以外で屋敷を訪れることはまずない。
 私は休みなくひたすら働いた。働いて、働いて。
 自慢の髪は早々に短く切った。掃除の時に邪魔だから。
 皆に褒められた白い肌はニキビやシミだらけになった。朝早く夜遅い生活がなかなか慣れないから。
 どんな服を着ても似合ったスタイルは、骨が浮き出るほど痩せこけた。食事が喉を通らないから。
 それでもただ目の前の仕事に勤しんだ。私は今心から反省して、この罰を、罪を償おうとしていると神様に認めてもらえるように。

 ひたすら働いて三ヶ月が経った頃に、初めて雇い主の女主人に会うことができた。階段の手すりを雑巾で磨き上げている最中のことだった。目の前に煌びやかなドレスを見に纏った、明らかに位の高い女性が立っていたからだ。
 私は咄嗟に他の召使いから聞いたように蹲り、床に額をつけた。その後のことは何も聞いてないからどう対応すれば良いのか分からない。とにかく、この時間が一刻でも過ぎれば良いと思っていた。

「新しい方かしら。御顔を見せて頂戴」

 私はその声に聞き覚えがあった。恐る恐る顔を上げると、目の前にいた女主人の眉毛が上下した。釣り上がったヘーゼルの目、ツンと尖った鼻と顎、イタリアンレッドの鮮やかなリップが口元を主張していた。
 見覚えのある顔だった。でもどこで見たかは思い出せない。何かのパーティーだっただろうか、それとも。

「あら、あなただったのね」

 女主人も私の顔に見覚えがあったらしく、口角を釣り上げた。迫力のあるその微笑み方で、私の頭の中ではある一人の女性が思い浮かんだ。

「風の噂で色々と伺っておりましたが、実際に見るとまあなんて無様な姿なこと。いい気味ねえ」

 私は何か言おうとしたのに、声が出なかった。口をパクパクと動かす姿は、女主人にどんな滑稽な姿で目に映っただろう。
 女主人は声を上げてひとしきり笑った後、大きな扇子を取り出して口元を隠した。隠していてもわかるほど、目は三日月を描いている。

「前科者でも雇って、更に寝所もくれてやったのです。拾ってやったその命が燃え尽きる時まで、精々わたくしの役に立ちなさい。……泥棒猫が」

 女主人はそう言うと、ドレスの裾を翻して去っていった。私は力なく床に突っ伏し、しばらくの間身動きが取れなかった。






 私を雇う女主人が豪遊していた頃に出会った知的な男性の元奥様だった件


『命が燃え尽きるまで』
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(続かない)

9/15/2024, 5:21:27 AM