ぼろぼろと涙がこぼれる。
絶え間なく流れるそれは決して理性では止められなくて。医療の力でどうこうできるものでもなくて。
ああ、これを治す薬があれば、どんなに幸せだろうか。
「っひぇーくしゅん!!!!」
秋にも花粉は飛ぶんです。
「女のくせにでけぇくしゃみだな」
「うっさ、くしゅん!とめられるなら、ひっくしゅ!とめてる!っくしゅん!!」
「おーおーくしゃみの大名行列」
くしゃみを続けたせいで胸が痛い。生理的な涙も止まらない。ついでに鼻水だって垂れ流しだ。なんて汚い。
同僚の男は花粉症はないらしく、けろりとしているのがまた腹立たしい。
「くすり、くしゅん!きらせちゃ、ひっきしゅ!」
「タブレットみたいに飲んでるからだろ、ほれ」
差し出されたのは鼻炎薬。いつも使ってるメーカーのものだった。まさに天の恵み。
「耳鼻科いけよ。ひっどい顔してるぞ」
「さいきん、くしゅ!いそがしかったの!くしゅん!」
もぎ取るように薬を受け取ると、錠剤を水で飲み込む。こくり、と喉を鳴らして流れる水はくしゃみが続いた喉に酷く染み渡った。
「目も洗うか?」
「あらう……」
かれから洗眼薬を受け取ると、ふらふらとお手洗いに向かった。そういえば、どうしてやつは花粉症でもないのに鼻炎薬や洗眼薬を持っているんだろう。数秒考えたが、ひっくしゅ!と大きなくしゃみと共にそれは吹き飛び、ただただ、薬の存在に感謝することにした。
「あー……自覚ねぇんだろうな……」
赤くなった目、目尻にたまった涙、紅潮した頬、ハァハァと荒れた息遣い。
彼女は秋も花粉症で苦しむことを知っていたが、相変わらずの酷さだった。そして、妙に興奮した。
この感情は絶対知られたくないし、知らせたくないし、認めたくない。とんだ変態じゃないか。
それでも彼女の涙が綺麗で、ぐしゃぐしゃになった顔がまたそそられて、気持ちに蓋をするために鼻炎薬と洗眼薬をドラッグストアで買って会社の引き出しの奥に突っ込んでいた。
まさか今日役立つなんて。
薬をひったくり、必死に飲み込む喉をつい凝視してしまったのを気づかれなかったか。
洗眼薬を差し出した時、震えていた手に気づいていないだろうか。
第一、花粉症どころか鼻炎アレルギーの類を持っていない俺が鼻炎薬と洗眼薬を持っていることに疑問を持たないだろうか。
ぐるぐると回る思考を尻目に、彼女へ渡した薬が役に立ったことに喜びを感じる自分もいることは見ないことにした。
【涙の理由】
9/28/2025, 5:25:49 AM