夏はつまり君だった。河川敷の舗装されたアスファルトの陽炎の中を僕達は並んで歩いた。
「早く自由になりたい」が僕の口癖だった。
「でもね、自由ってのもそれはそれで幸せなのかどうか分からないと思うんだ」と君は言った。
「どうしてそう思うの?」君の横顔を覗き、僕はたずねる。
「うーん上手く伝えられないんだけど」そう前置きしてから君は少し考え、
「花は散るから綺麗でしょ?」と言った。僕は胸がきゅっと締め付けられたけれど「そうだね」と言った。君は伝わったことに安心したのだろうか、にこっと笑った。
「私の幸せのために君の人生に一つルールをあげます」
「僕のじゃなくて君の幸せのためなんだ」
「もちろん!」僕は君のその傲慢な生き方が好きなんだよな、と心の中で思った。「いいよ、一つだけ授かろう」
すると声高らかに謳った君はこう言った。
「私を忘れないでね」
君の涼しくて綺麗な声を、薫風に揺れる黒い髪を、月に似た表情を、夕暮れが延ばす二人の影を、蝉時雨を、草の匂いを、締め付けられた胸の感覚を、たった一度きりの夏を、あの陽炎の思い出を僕は今も僕の心に縛り付けている。
4/24/2024, 9:13:27 PM