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貝殻

「貝殻とゴッホは似てるんだよ」
空を見ながら天気の話をするように彼女は言った。唐突に意味のわからないことを言うことがよくある子だけど、今回は群を抜いていて怪訝な顔をしてしまった。そんな私なんかを気にかけず淡々と語り始めた。
「貝殻ってね貝が死んだ後に残るものなんだ」
「生きてる間は中のウネウネが気持ち悪いって言われるのに死んじゃったら綺麗って言われるようになるの」
「ゴッホも生前は一枚しか絵が売れなかったんだって」
そこまで話して彼女は私の方を向いた。
「そこにあったものは変わらないのに評価が変わるなんて変だと思わない?」
この顔は私の反応を楽しんでるだけだ。別になにか良い答えを期待しているわけじゃない。それでも意趣返しがしたくて5秒くらい考えた。
「でも生きてる間だって同じだよ。同じことをしても同じ様には評価されないことばっかりだよ」
そこまで話して彼女の意図にようやく気づいた。彼女は涙が出るほど笑った。
「そっか! じゃあ生きてたほうがいいね!」
流石に分が悪くなって私は屋上の縁からひらりと着地した。今日も勝てなかった。
「もう遅いし帰ろ!」
ようやく日誌が書き終わった時と同じ笑顔でドアへ向かい始めた。嬉しさが滲み出る背中を見ながら思った。実のところ死にたがりは私の方で、変人だと思われてる彼女に毎日生かされてるなんて誰が信じるだろうか。もしかしたらバレてるかもしれないし、一生誰も気づかないかもしれない。でもそんなことはどうだっていい。
この歪な関係だけが私を生かしてくれるのだから。

9/5/2023, 2:46:41 PM