sairo

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※ホラー


綺麗だな、と思った。
きらきらと光を反射して、輝く宝石。
欲しいな、と願った。
手に取り見れば、その極彩色の美しさに時を忘れて魅入るだろうか。口にしたならば、味わった事のない極上の甘美な味わいに満たされるのだろうか。

いいな、いいな、と。
閉じた部屋の中。欲しがる気持ちだけが、只管に膨らんだ。



「『差し上げます。あなたにこそ相応しい』だってさ」

机に入っていた小箱を取り出し、添えられていたカードを読む。
相応しいという部分に口元を緩ませ、周りに急かされるように小箱を開けた。

「…何これ?」
「黒い、石?」
「あれじゃね?天然石とかいうやつじゃね?」

小箱の中に入っていたのは、黒く艶やかな丸い石のような何か。少しだけがっかりしながら蓋を閉じ、元通り机の奥に押し込んだ。

予鈴。
慌ただしく散っていく友人達を見ながら。あの小箱の送り主は誰なのかを、ぼんやりと考えていた。





目が覚めた。
自分の部屋ではない。知らない天井。知らないベッド。

ここはどこなのか。

未だ覚醒しきれぬ頭で考えながら、体を起こす。
ベッド。机。本棚。クローゼット。扉。
殺風景な広い部屋。窓はないが、それでも辺りに何があるのか僅かに分かる程度に暗い部屋。
夢か現か曖昧なまま、立ち上がり扉へと歩く。
取手に手を伸ばし。



「まだだめだよ。あのこがいるよ」

口から溢れたのは、自分ではない声。
はっとして口を塞ぎ。混乱した思考のまま、扉に目を向け。

「……ひっ」

扉に張り付いたそれに、息を呑み後ずさる。


周囲を見渡せば、壁に張り付いたそれらと目が合い耐えきれず声を上げようと口を開き。

「だめだよ。あのこがいるよ」

けれども口から溢れるのは、やはり自分のものではない声。
四方のそれらに見下ろされ、逃げるように頭を抱えて蹲った。



「もういいよ。あのこはいったよ」

不意に口から溢れたその言葉に、のろのろと頭を上げて扉を見る。
先程まで張り付いていたそれらは見当たらず。急くように扉に手をかけた。

扉を開ければ、長く続く暗い廊下。恐る恐る足を踏み出し、歩き、そして走り出す。


「きいろのとびらにはいって。そのさきにかいだんがあるよ」

自分のものではない声が囁く。それに従い、黄色の扉に手をかけ開いた。

「すこしまって。あのこがいるよ」

階段の前。声が止まれと忠告する。壁に現れたそれらが、咎めるように見つめてくる。
階下の様子を伺うが、ここからでは何も窺い知る事は出来ない。

あのことは誰の事なのか。それを考える余裕はなく。
早鐘を打つ心臓を抑えるように、深く息を吐いた。


「もういいよ」

声の許可に、音を立てぬよう慎重に階段を降りる。

「おりたらきをつけて。あかるいほうはだめだよ」

あのこがいるから、と声は告げる。
最後の一段を降り、辺りを見渡す。

二股に分かれた廊下。一方は暗く、もう一方は明るい光が漏れて。
誘われるように、明るい方の廊下へ向かう。

「だめだよ」

声が忠告する。左右の壁にそれらが現れるが、それでも足は止まらない。

出口がある。明るい光に浮かぶその場所は、外へと繋がる扉がある。
玄関はここからでも広々としており、例え声のいうあのこがいたとしても逃げながら外へ出る事が出来そうに思えた。


後少し。明るい光に目を細め。
扉の鍵はかかってはいないようだ。取手に手をかければすぐに開いてくれるだろう。

期待に息が弾む。口から溢れる声はもう何も言わず。壁のそれらはただこちらを見つめ。


取手に手をかけ。そして、ゆっくりと。


「だめだよ」

声がした。
自分の口から溢れた声ではない。別の声。

「だめだよ」

取手にかけた手首を掴まれる。
細い手。幼い子供のような。けれどどんなに振り解こうとしても、振り解く事は出来ず。

「大人しくしていて。今度こそはちゃんと綺麗に取って上げるから、ね?」

窘めるような声。視線を向ければ、髪の長い小さな人らしき姿。

「っ…!」

子供のものとは思えぬ程強く腕を引かれ、倒れ込む。
馬乗りになられ、目尻を子供の指が形を確かめるようになぞっていく。
逆光で表情は見えない。しかし長い髪の隙間から覗く黒い瞳は、先程まで見続けていた壁に張り付くそれらとは比べ物にならない程、澱んでいるように見えた。

「怖くないよ。すぐ終わるからね」

動けない。声も出せず、目を逸らす事も出来ず。
近づいてくる銀色の何かをただ見つめ。



不意に、その動きが、止まった。

「えっ、?」

驚いたような。意味を理解していないような。
小さな呟きを最後に、ぼろぼろと体が崩れていき。


「まにあって、よかったね」

口から溢れた誰かの声を最後に、意識がとんだ。






「ありがとう」

礼を言う子供に、首を傾げる。
礼を言われる意味が分からない。何かあっての礼だろうが、特に何かをした記憶はなかった。

まあいいか、と手にした魂魄を飲み込む。
先に取り込んでいた、ここに閉じ込められていた魂魄もあり、だいぶ胎に溜まっている。一度戻った方がいいだろう。

最後に、と目の前の子供に手を差し出す。
きょとりと瞬きを一つして、澄んだ黒の瞳が細くなり一筋涙を流した。

「ありがとう、ここに来てくれて。みんなを連れていってくれて。あのこを……弟を救ってくれて」

首を傾げる。
子供の弟を救った記憶はない。記憶を辿るが、やはりただいつものように、常世に戻らない魂魄を取り込んでいただけだ。


随分と不思議な事を言う子供だと困惑しながらも。
何故か子供を取り込まず、二人手を繋いで歩き出した。



20240731 『澄んだ瞳』

7/31/2024, 10:36:52 PM