「……こんなとこで寝ると風邪引くよ」
聞こえた声に慌てて顔を上げれば、逆光で顔は見えない。
けれど、この声は聞きたかった人のものだ。
「……高瀬、聞いてる?」
「あ、聞いてるよ。ごめん……少し寝ぼけてたみたい」
「気持ちよさそうに寝てたもんな」
「あはは……」
乾いた笑いを浮かべた。
ポケットで存在を主張する砂時計に触れ、過去に来た事を突きつけてくる。
祖母の形見の砂時計。それは一度だけ過去へと導いてくれるものだと___そう聞いていた。
形見分けで受け取ったものだが、部屋のインテリアとして飾っていたにすぎなかった。
けれど_______
あの日の早朝胸騒ぎがして目が覚めた。
直後に地震が起き部屋が激しく揺れる。
砂時計が棚から落ちていくのをただ見ていた。
そして、次に目が覚めた時、私は過去にいた。
目の前には、この世にいるはずのない人。
彼は、精神を病み自ら______
忘れていたい記憶が一気に押し寄せ思わず首を横に振った。
「何で泣いてるの?」
「………え?」
頬に彼の指が触れ、涙を拭った。
涙は、絶えず流れ続け次第に嗚咽に変わっていく。
彼が、亡くなったあの日から封じ込めた想い。
とめどなくあふれ出し、まるで洪水のように私の心を押し流していく。
「もしかして、俺は生きてない……?」
確信に満ちた口調で彼は呟いた。
否定も肯定も出来ず項垂れれば、頭上から溜息が落ちてくる。
彼はしゃがみ、私と視線を合わせた。
「そうなんだな?」
真摯な視線から逃れることができず頷いた。
彼女は十年後の未来から来たという。
過去に逆行したきっかけは信じ難いものだった。
地震が発生したというのであれば、本来の彼女は無事なのだろうか。
「……そうか。やはり俺は墓の下か」
事情をすべて聴き、口から出たのはそんな一言だった。
もたれ掛かる細い体を抱き寄せ、そっと髪を撫でる。
「この世界にずっといたい」
髪を撫でる手が止まった。
彼女の願いを叶える術はある。
けれど、その選択はしてはいけない。
「……高瀬、あるべき場所に帰るんだ」
「! どうして、そんな事言うの?」
「君には生きる義務がある。それに君に何かあったら悲しむ人がいる」
「嫌だよ!そうだとしても_________」
俺は無言で砂時計をひっくり返した。
彼女の姿が薄れ消えていく。
伸ばされた手を拒み、笑って見送った。
++
多くの犠牲者を出した震災から私は生き延びた。
瓦礫に埋もれ気絶していた私は助け出され、病院に搬送された。奇跡的にかすり傷で済み、病院で再会した両親とは互いの無事を喜びあった。
ただ、砂時計は壊れてしまった。
原型を保っておらず粉々になって。
過去への逆行は、私の運命を変えるものだったのだろう。
_____「生きろ」
最後に彼が言ったあの言葉。
たった一言の励ましが、命を繋いだ。
「ありがとう」
天を仰ぎ呟いた声は風に紛れ消えていった。
#砂時計の音
10/17/2025, 1:05:11 PM