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『さあ行こう』

「雨、やみませんね」

ひとつ空けた隣の席に座っていた人が、軽くため息をついてそう話しかけてきた。

次のバスが来るまで、まだあと15分ある。
バス停のある道路が見える、一人掛けの席。
大学病院のエントランスで、会計処理が終わってもぼんやりしていた。
その人も私と同じように雨宿りを兼ねて時間潰しをしていたようだ。

私は頷き、「そうですね」と答えたものの、それ以上何を言っていいのかわからず空を見上げた。

「《ウミガメのスープ》という話を知っていますか?」
「水平思考クイズのひとつ、でしたっけ」

そう答えると、その人は「おや」と少し楽しそうな顔をした。
私もその手のモノは好きなので、それが伝わったのだろう。
出題するので、ひとつやってみないかという流れになった。

「ある男が、長年探し続けていた人物と出会いました。ところが男は彼女にそのことを伝えません。なぜでしょうか?」

「男と女性は知り合いですか?」
「いいえ」

「二人は過去に接点がありましたか?」
「いいえ。きちんと認識したうえでの接点はありませんでした」

「二人が出会った場所に関係がありますか?」
「はい。いい質問ですね。その点は重要です」

「それは病院ですか?」
「はい」

私は会計済みの領収書と処方箋、それから入院の手引きに目を落とした。

「男は女性の健康状態を把握していますか?」
「……はい」

そうですか、と呟く。
こう見えて、水平思考クイズは得意なのだ。

「バスが来たようですね」
男の声に顔を上げる。
立ち上がった男は、私に手を差し出した。

「さあ、行きましょうか」

6/7/2025, 9:59:19 AM