《私の名前》
私は、自分の名前が好きではなかった。
何より、両親が嫌いだった。
自分本位で酔うと暴力的になり、家族を省みることもなかった父親。
そんな父親を疎み、その不満を私に毎日ぶつける母親。
この両親から渡された物だと考えると、自分の名前もこれっぽっちも好きにはなれなかった。
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今にも降り出しそうな曇天をガラス越しに見上げぼんやりしていると、気が滅入る。
やっぱり低気圧のせいかな、身体も怠い。嫌な記憶も蘇る。
ソファの背もたれに身を任せ、ふうっと息を吐く。
重なる黒雲につられて気持ちも落ちるけれど、何とか気分を変えなくちゃ。
重みを取り払おうと思わず頭を振る。
すると、背後から柔らかな低温で私の名前を呼ぶ声が。
とくん。胸に暖かいものが降り積もる。
「どうしましたか? 具合でも悪いのですか?」
振り向けば、体調を気遣ってくれる彼がまた、私の名前を呼ぶ。
壊れ物を扱うかのように、優しく大事そうに、私の名前を口にしてくれる。
とくん。また、胸がふんわり暖かい。
今までずっと、こんな事なかった。
名前を呼ばれて、とても嬉しくて、泣きたくなるなんて。
胸に降り積もった暖かさで溶けていく、昔の嫌な記憶と思い。
解けていく、私の硬くなった心。
心配を掛けまいと涙を堪えて、笑って何ともないよと彼の名前を呼び返す。
彼は雨上がりの日差しのように穏やかに笑み返しながら、私の隣に腰掛けた。
あなたが呼んでくれる私の名前だけは、一生大事な宝物。
7/21/2024, 12:14:12 AM