わをん

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『風邪』

ドラッグストアでのアルバイトははちゃめちゃに忙しいけど、生活に関わるものばかり売っているので買っていくひとの生活も見え隠れするのがわりと好きだ。レジ打ちのときにはエナドリ飲み過ぎはだめですよとか、これからエッチなことするんですかとか、そのリップめっちゃいいですよねとか勝手ながら相槌を打たせていただいている。
客入りもまばらな閉店間際の22時半前。見るからに具合の悪そうな人が入ってきた。パンの人だ。夜の今ぐらいの時間に割引されたパンと野菜ジュースを買っていくのでいつも不健康そうな顔色をしているその人が、きょうはマスクを付けて咳とくしゃみを連発していた。レジに運ばれてきたのは割引シール付きのパンと野菜ジュースと、風邪薬の錠剤。いつも通りのレジ打ちとタッチ決済のやり取りのあとに軽く会釈をされる。これもいつものこと。
「あの、お大事に」
とっさに出た自分の言葉に自分で驚き、言われた方はもっと驚いたようで、どもりながらのありがとうございますをいただいた。歩き去りながらまた会釈をされたのでこちらもありがとうございましたと言って見送る。
いつも通りではなかったあのやり取りをなんとなく思い出すことの多かった何日かが過ぎて、また同じ時間のシフトに入った。パンの人の風邪は治ったのだろうかと思いながら迎えた閉店間際の22時半前。その人がやってきた。レジに運ばれてきたのは割引シール付きのパンと野菜ジュース。もう風邪は治ったんですか、と頭で思ったことがすぐに口をついて出てしまう。
「まだちょっと調子が悪いですけど、おかげさまで」
いつものレジ打ちの間にその人は調子が悪そうながらも、不健康そうながらも、はにかんだような笑顔で答えた。ぎゅむとなにかに胸を掴まれた感じがする。
「わたしも、風邪かもしれません」
「えっ、僕のせいだったりしますかね……」
「たぶん、そうですね……」
ごめんなさい僕のせいで、とかあなたもお大事に、とか言われたはずなのだけど自分が何をどう答えたのか思い出せない。ふと我に返ってバックルームでシフト表を確認する。次のバイトは明日。うれしいような恥ずかしいような気持ちで胸がざわついていく。
「店長!」
「なに騒々しい」
「明日のバイト、わたしがんばりますね!」
「わかったから掃除したら早く帰って」
早めの葛根湯や、早めのパブロンが教えてくれている。風邪はひき始めが大事だ。モップを持つ手に力が入る。
「風邪には早めの、告白っしょ!」

12/17/2023, 1:58:40 AM