思い立って貴方にと筆を執る。
私は故郷に残り、遠く遠く、貴方が暮らす、コンクリートとネオンの森に思いを馳せながら。
長年付き添った仲なのに書き出しにいつも迷ってしまう。“お元気ですか” “お変わりありませんか” 屹度、何から始めても貴方にとっては同じだろうに
お化粧やお洋服選びに迷ってしまうのと同じように、あれでもないこれでもないと拘ってしまうのだ。
出だしが決まれば、鄙びた故郷の様子や私が変わらずに居ることをありのまま綴る。
この頃には届けたい事を飾らずに便箋に乗せられる。
ネオン街よりも美しい言葉を与えてあげられれば良いけれど、それを知らない私には到底適わぬ話ではあった。
終盤に差し掛かれば貴方が無事で健康で元気であるようにと、貴方の帰る場所はいつまでもここにあると、そう告げて締め括る。
届かない距離がもどかしい程、何よりの本心だった。
こうした遣り取りを数ヶ月往復した。
貴方からくる返事は、シンプルな便箋に少し癖のある文字、そして詩文の様な飾り気は無い真っ直ぐな言い回し。私はそれが嬉しくて堪らないのだ。そして同時に恋慕が募る一方だったのだ。
──── また少し時が経ち私は貴方を思い筆を執る。
いつものように万年筆から夜空のインクを走らせて何枚、何枚と書き綴りたい気持ちを出来るだけ抑えて。
しかしいつもは直ぐ返ってくる返事もこの時から遅れてくるようになった。
ご多忙なのだろう。
田舎と違い都会には休む偟もないのだろう。そう信じていた。
けれどもそれから、手紙を遅れど返事の頻度は途切れていく。その度私は自分の仮定した“屹度”をずっと信じている。
ついには何度送っても返事など返ってくる事も無くなった。それどころかもう故郷にすら影を落とさないのだ。
もしかしたらもう貴方は手紙の封さえも故郷の思い出も二度と開かないのかもしれない。
届かない思いが行き場を失い
封の中に閉じ込められた言葉は呼吸が出来ず朽ち果てる。
貴方はネオンの光に魅入られて、変わってしまったのだろう。
こんな寂しい想いをするくらいなら
こんな惨めな想いをするくらいなら
鋭い礫を投げて傷を付けてくれる方がマシだったのに。
【梨】
10/14/2025, 2:08:23 PM