りんご

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お題 言葉にならない
 言葉にならない
「残念ですが、インフルエンザB型ウイルスです。」
そう言われたときの、ショックと言ったら、なんの。2回目で、しかも子ども盛りの4年生、代表委員会などの夢が詰まっていた新学期に、そんなことを言われるとは。私はこの言葉にならない、もやもやしていてでもどこかはっきりと鮮明に光る怒りを押し留めるので精一杯で、これから隔離されるであろう一週間を思うのにまで余裕が回らない。それは、一週間が決められているからだと思う。家から一歩も出ず、マスクをつけてただひたすらに療養に努め、元気になっても外出を禁じられる。この辛さは、どんなサーヴィスや素晴らしいアンドロイドによるインタラクションでも忘れることはないと思う。普通、人はとても素晴らしい気持ちよさを得られるサーヴィスや最新型の何かに触れるとそのときだけ嫌なことを忘れるものであり、私もそうであるけれど多分、天国まで案内することができるというサーヴィスでも満たされることはあるまいと信じた。ぼんやりと外を眺めながら母に連れられて向かいの薬局に足を進める。感染したらまずいからとドアの横に椅子を置かれ外で待つことになった。と、そこで喉の渇きを覚え、くるりと薬局内を見回す。脳内記憶では、おそらく給水系の飲みものがあったはずだと思っていたのだが、それは鷺ノ宮駅前の薬局だというわけだ。ウォーターサーヴィスのありそうなところはないかと見回すけれど、そんなものは到底ない。そこでまた言葉にならない気持ちに襲われた。喉の渇きがどうにもならぬとわかり、封じ込めていたもやもやとしていて、でもどこかはっきりと鮮明に光る怒りが戻ってきたのである。
 言っておこう。私は、学校を愛していると言ってもいいほどの人だ。一週間学校を休むなど、あり得ることではない。前回インフルになったときは涙に咽びながら休んでいた。ウォーターサーヴィスのことはすっかり忘れて本に没頭しようとしていたとき、ふたりの女児と母親らしき人が薬局から出てきた。ハッとして息を止め、少しでも飛沫感染経路を断とうとする。意味はないが。すると、また、言葉にならない気持ちが襲う。母子が去ったあとにはウォーターサーヴィスのことを忘れ去り、一週間後の自分を考えていた。
 と、もうふたり、娘らしき子どもを連れた男女がやってくる。またもや息をとめ、通り過ぎるのを待つ。
唐突に、母が処方された薬を持って薬局から出てきたとき、ウォーターサーヴィスのことを思い出した。
「このあたりに、ウォーターサーヴィスのある店はないか」
と聞こうと思ったけれど、やめた。

明日から、きっと地獄のような隔離生活が始まる。

 「夏帆(仮名)〜、ちょっといい?」
「何?」
寝転がっていたソファから起き上がり、母を見る。
「夏帆、元気なんでしょ? だったら内職してよ。」
そう言って母が出したのは、ラミネーターとラミネートフィルム、そしてラミネートする紙だった。
「これ、奈帆(仮名)の漢字カード。2年生になるでしょ。だから暇ならやってもらおうと思って。」
「え〜、奈帆のやつなら奈帆がやればいいじゃーん。奈帆、そういうの得意でしょ。」
いやいや引き受けると、紙を切り、ラミネートフィルムに挟んでいく。手際よく挟み、ラミネーターを起動させると予熱が始まり、緑のランプが光る。
「よっ、と。」
ラミネーターがフィルムを吸い込んで、どんどん接合する。
「できた。」
案外おもしろく、甲斐甲斐しく働いているあいだに三分の二をラミネート。明日のために残りは早めに切りラミネートを残すのみとした。

4/11/2024, 10:21:26 AM