妄想の吐き捨て場所

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「こんばんは、今日も随分夜更かしですね。」
その人は缶コーヒーを片手に公園のベンチに座っていた。

私は軽く会釈をすると少し間をあけてその人の横に座る。
「…こんな夜中にコーヒー飲んだら、ますます眠れなくなりますよ。」
「そうなんですけどね、もういっそ開き直って夜活動するようにしようかなって。」

この人と私は不眠症仲間で、眠れないと思った日には公園に集まることが暗黙のルールになっている。
今日みたいに会えることもあれば、会えずに一人で夜の公園を楽しむこともある。
ただそれだけの関係だ。

景色を眺めながらポツポツとテンポの良くない会話を重ねる。
普通の人が聞いたらつまらなそうな会話だと思うだろうが、私はこれが心地よかった。
話題に一貫性もなく、言葉に迷ってもその隙をつかれることもなく、ただただ静かに取り留めのない話をする。

息が詰まる日常の中でこの空間だけはちゃんと空気がある気がした。

続いていた会話も一区切りして静寂が訪れる。
ふと何気なくその人の方を見ると、月明かりに照らされて輪郭が淡く輝いているように見えた。

パチリと目が合い、優しく微笑まれる。
キュッと心臓が音を立ててしまる。


きっとこの人は、太陽の光に照らされて月が輝くように、月に照らされて輝いている。

だからこんなに美しくに感じるんだろう。
だからこの人との時間を特別に思ってしまうんだろう。


気を抜くとずっと眺めていたくなる。
今はまだ私だけが知っている、私だけの月だ。


11/16/2025, 5:38:56 PM