兄は昔から怖いもの知らずで、飛行訓練になると父の静止も聞かず、あっという間に高く舞い上がって見えなくなった。私は万が一途中でバランスを失ったらと思うと怖くて、地上に置いてけぼりを食らっていた。父がついていても屋根から本の数メートルばかり飛び上がったところまでしかいけず、
「そんなに低いと逆に何かにぶつかって危ない」とよく言われた。
そんな折り、どうして兄はあんなにやすやすと飛べるのかと、一度父に尋ねたことがある。
「お前はどう思う?」
「……自分の技術に自信があるから?」
「確かに、それもあるだろうな。だが恐らく最たる理由は……」父はかがんで声を落とし、近くで訓練の様子を眺めていた母に聞こえないよう耳打ちした。「あれは母親似で好奇心の塊だから、知らない景色を見に行くのが楽しいんだろう。空を見れば高くまで飛ばずにはいられないのさ」
父は悪戯っぽく笑った。
「お前は父に似たな。慎重なのはよいことだ。だが、怖いからと試してもみないのは、勿体ないぞ」
そう言った父の背中は大きく、当時の私には、父が空の全てを知り尽くしているかのようにさえ見えていた。自由に飛べるようになった今でも、憧れは色褪せないままだ。
#高く高く
10/15/2023, 6:08:01 AM