『君と僕の、桜日和』
春の匂いが
まだ名前を持たない朝に漂って、
ふたりの影は
やわらかいピンク色の風に溶けていく。
「きれいだね」と君が言うたび、
その声が花びらになって、
僕の胸のどこかへそっと落ちた。
桜は一瞬で散るからこそ、
人はこんなにも
大切に、そっと息をのみながら眺めるのだろう。
君と歩く並木道は
過去でも未来でもなく、
ただ“今”だけに咲いている。
指先が触れたとき、
花より先に、
僕の心がほころんだ。
風が吹く。
世界は淡く舞い上がる。
君が笑う。
世界は音もなく満ちていく。
もしも季節が巡って
桜の気まぐれが今年も僕らを追い越していっても、
今日の光だけは
ずっと胸の奥で散らずに揺れているだろう。
——君と僕の、桜日和。
それは花より先に咲いた、
小さな奇跡の名前だ。
11/20/2025, 3:59:44 PM