たぬたぬちゃがま

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喉が痛い。手足がだるい。全く動けない。熱い。
完全な風邪だった。あいにくひとりぐらしのため看病してくれる人はいない。
なんとか仕事からふらふらになって帰ってきてそのまま布団にダイブして寝落ちたようだ。
「あーきつい……」
ひとりぐらしは長くやっているつもりだ。それでもこういう時、ひとりきりが辛く苦しいものだとしみじみ実感する。
ふと1人の男の顔が浮かんだ。来るわけがない。
自嘲した瞬間、また眠気が襲ってきた。どうやら薬も水も飲めないようだ。


ひんやりとしたものが顔を冷やしている。あんなにベタベタした肌がさらりとしたものになっている。
「ん……?」
ふと目を開けると、男がソファでなにやら作業をしていた。カタカタ音がしているから、パソコンを使っているのかもしれない。
「……起きましたか」
彼は水の入ったペットボトルを差し出してくる。常温の水は体にずいぶん染み渡るように感じて、ごくごくと勢いよく飲んでしまった。拍子に服にぼたぼたとこぼれてしまったが、彼は一切慌てずタオルで拭いてくれた。
「こんなになるまで、無理しすぎですよ。なぜ知らせてくれなかったんですか」
じと、と恨みがましく見つめてくる目に思わず顔を逸らす。両手で逸らした顔を掴み見つめられると、顔を近づけてきたので思わず目を瞑った。
「……熱はだいぶ下がりましたね」
「へ?」
目を開けると、クックッと笑いを堪えるような声を出している。
「……キスするかと思いました?」
「……? ……ッ!!!」
彼の手のひらで転がされたこととか、合鍵を渡したことを思い出したこととか、すべてがなにか気恥ずかしくなって毛布を彼の顔面に叩きつけてやった。


【ひとりきり】

9/12/2025, 9:47:19 AM