君の髪をとかすのが好きだ。みんなで世話をして、さらりと透き通っていくのが特に好き。一本引っかかって途切れちゃったときなんか、悲鳴が出るかと思った。君の頭皮が痛くなかったら良いんだけど……。
そうやって毎朝毎晩君を待っていたら、ある日変な人間がやってきた。どうやら自称能力者というやつらしい。
「ええ、はい、強い意志を感じます」
「本当ですか!じゃあお願いします」
ちょっと待って。君、そんなに歓喜しなくとも。だいたい得体の知れない人間を部屋に呼ぶんじゃあない!三日通えとは言わないが、危機感を持ってくれ!
と警鐘を鳴らす私の声も虚しく、妙な人間が私に手をかざす。なんだっていうんだ!
「──やめてくれよ、何するかわかったもんじゃない!危ないんだから……えっ?」
「わあ!可愛い人!やったァ、ありがとうございます!」
「いや、君、そう、君!一体何を」
私の足はとんと地につき、私の腕はしっかり君の肩を掴む。なんてことだ。どういうことだ!
人間になっている!
「わたくし、そういう能力者ですもの」
そう言ってにこやかに笑う人間に、主人たる君は報酬を手渡した。
やや狭い洗面所に押し詰めになっていたので自称でなくなった能力者を見送り、私は初めて足を踏み入れた居間に座ってこれからの話をすることにした。
この部屋に来てからは洗面所にしか居たことがなかった『櫛』なので、正座も何もかもが慣れない。
「おばあちゃんに譲ってもらったとき、一目惚れだったわ」
君は笑って馴れ初めを話すけれど、たしかにそれは私も知るところではあるけれど。
「付喪神に愛されてるねって声をかけてもらって、それからあなたと話がしたいと思ったの。人間になってみて、どう?」
「すごく、戸惑っている」
「まあ。ええ、そうだよね。これから一緒にご飯にして、ゆっくり話をしようね」
君がどんな生活をしているのか夢想しなかったわけじゃない。
でも、それでも、私は君の髪をこの身で漉くのが好きだったのに。それだけが良かったのに。
君の背でふわりと揺れる黒髪に目を奪われてやまないのに、何もかもがひどく遠かった。
4/15/2023, 1:43:01 PM