「風に身を任せて」
疲れていたと思う。
気がついた時には会社へ行く電車を見送り、適当な電車へと飛び乗っていた。
「……チャージしといてよかった」
的外れな言葉が口から漏れる。電車賃など気にしている場合ではない。今もスマホから上司からの電話がひっきりなしに来ている。煩わしくなってスマホの電源を落とした。とたん、ふっと肩の力が抜け、電車の背もたれに深く座り込んだ。
「なんかもう、どうでもいいや」
少し、疲れていたのだと思う。慣れない仕事や、苦手な人間関係。毎日毎日何かに追われている感覚。それから逃げたかった。寝ているのに寝ていない感覚はずっと続いている。食事もまともなものを食べていない。そう思うと、久しぶりに胃の辺りがくう、と動いた。
どこかで降りて、何か美味しいものでも食べよう。
そう考えていると、ふと、斜め前の人と目が合った。
寝癖がついたままのサラリーマンは、私と目があうとすぐ視線を逸らしたが、この人もきっと同じなのかもしれないと思った。
見渡すと電車には数人、同じようにスーツ姿の人がちらほらと見える。そして、皆同じようにくたびれた顔で、外を見ていた。
皆どこかへ逃げたいのだろうか。
電車は動く。次の駅名を告げるが知らない名前だった。
電車の窓の外は、流れるように景色が流れていく。
このまま、行けるところまで行こう。終点まで行くのもいい。どこに行くかなんて知らない方がいい。そっちの方が、楽しそう。
幼い頃見た、風に流される雲を思い出す。あの頃は風に乗れると信じていた。
電車に身を任せて私はどこへ行くのだろう。
きっと外を流れる風だけが知っている。
5/15/2024, 5:56:39 AM