薫雨

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【きっと明日も】

クッションをかき抱いて顔を埋める。
昨日恋人がくれたそれには、まだ残り香と吐息が十全にしみこんでいた。

『私、君の何かがないと眠れなくなってしまった』

君依存な僕はどうして生まれてしまったのか。
多分よくある話。

僕はよくある恵まれた家庭に育ち、よくある良い感じの給料だけはましな会社に就職し。
給料以外ブラックもいいとこだったけど、ほんとに金払いだけはよかったからやめる人は少なかった。


結局僕は馴染めなくて退職したけど。

ああ、原因はある。
僕は表面上は『私』と取り繕っても、独白では『僕』を多用する。
だから、まぁ、うっかり漏れてしまうこともあったから。
娯楽に飢えた若い……いや若くないのもいたけど、女の子には格好の悪口の矛先だ。

痛い女、そうレッテルを貼られること。
初めはそう堪えなかったが、上京した身寄りもない一人暮らし。

職場で必要最低限の言葉しかかけられない。
遠巻きにされひそひそ、ひそひそ聞こえるようにあることないこと噂される。

それは案外心に来るものだった。

それで、耐えかねて退職した。
退職金もこの勤続年数にしてはそれなりに出たのは救いだった。

『これからどうしよう』

小さなため息、拾われることはない。
誰もいない裏路地には、声が届く人なんて誰もいなかった。

10/1/2024, 12:01:27 AM