銀時計

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『流れ星に願いを』22/131
星が見えない私に代わって、お願い⸺

今日はふたご座流星群が見える日らしい。
ニュース番組やSNSでは専らその話題で持ち切りで、
星が良く見える穴場スポットなども紹介されている。
「天望山キャンプ場」「天野川河川敷」「月読神社」…
よく聞いた場所だ。リモコンに手を伸ばす。
その時、スマホが鳴る。聞き慣れないeメールの通知音。
この現代でメールを使うような奴は…
From:星見 優
To:彗
件名:集合
…やはりか。ただ、目を引いたのは件名の二文字。
本文が白一色の空メールにため息をついて立ち上がる。
厚めの上着を羽織り懐中電灯が入った小さな鞄を持つ。
そして、あの場所を目指して歩き出した。

着いた頃には既に日は沈み黒い森が僕を出迎えた。
懐中電灯を取り出し山道を進む。
中腹辺りまで達したところで、ふと横を見ると、
不自然にも木の棒が天を見上げて突き刺さっていた。
そちらに逸れ少しばかり歩くと、そこにあった。
ずいぶんと朽ちてボロボロになってしまったが、
まさに「秘密基地」とでも呼べるような小屋がそこに。
入口に立ち、ノックを3回。コン、コンコン。
「天を望むこの山に。」
「あのね…僕だって分かってるでしょ。」
「………」
「…今夜は星が降ってくる。」
戸が甲高い音を出しながら開いた。
「合言葉、覚えてたんだ。あんなに昔のことなのに」
「まあ…ね。どれだけやったと思ってるのこの流れ…」
「それもそっか。あはは」
手を後ろにニコリと笑う彼女こそが、
僕が小さかった頃の友達の優…星見優だ。
見ない間に身長も高くなり外見も大きく変わっていた。
しかし…
「…眼、やっぱり治らないのか」
「…うん、もう視力が戻ることはないって」
「………」
「そんな暗い顔しないでよ、もう何年も前の話だし」
そう言いながら優は髪を指に絡めて遊んでいる。
「………」

小学生の時の話だ。いつものように秘密基地に行った僕は中にいるはずの優を見て、
言葉を失った。彼女は戸の前に倒れていた。
赤黒い何かが僕の眼に飛び込んできて、離れなかった。
顔には三本の掻き傷。誰がどう見たって熊の仕業だ。
でも僕はその時、理解ができなかった。
ただただ、尋常ではない様子の優に、オロオロしているしかなかった。
パキッ。
僕が知らず枝を踏み折った音で我に返る。
そして、目を開けない優を抱えて、森を駆けた。
そこからの記憶は定かではない。気が付いたら僕たちは麓の猟師さんの家の布団の上で、夜は既に明けていた。
優はまだ起きてはいなかっただろう。
僕は…僕は、何と声を掛ければいいか分からなかった。
それから優は長い入院生活に入って、僕は毎日お見舞いに行った。けれど、僕は優の顔を見られなかった。
勿論、初めは包帯でぐるぐる巻きにされていたから、というのもある。でも、ある日それが取れていて、痛々しい傷痕が見えて…僕は俯くことしかできなかった。
優はそんな僕を知ってか知らずか、いつものように明るく話をしていた。髪をクルクルと絡めて遊びながら。

「…その癖」
「えっ?」
「髪の毛をクルクル絡めるやつ。変わってない。
不安なときにやってるでしょ」
「あはは…ばれちゃったかあ。ほんとに…よく覚えてるね、もう数年も会ってないのに」
「……ね、じゃあ、あの時のお願いも、覚えてる?」
「…お願い?」
「やっぱり覚えてないかあ、あの時は彗くんすごく頑張ってくれてたし、無理もないか」
お願い?あの日、あの時に?優が、僕に?
「うーん…もう一回言うのは少し恥ずかしいなあ…
頑張って思い出してくれないかな?なんて、あはは」
「えー…全然覚えてないよ、ヒントとかないの?」
「ヒントかー、そうだなあ…あ」
「彗くん、空見てみてよ」
「空?…って」

見上げると、思わず息を呑んだ。
何もかもを吸い込んでしまいそうな夜空に、光の筋が現れた。一つ、二つ、黒板に白いチョークで文字を書くように、星が空を滑る。その数は次第に増えていって、僕に何かを教えようとするかのようにいつまでも流れる。
そう、何かを…僕は何かを忘れている…
夜空…流星…お願い…見上げて…声が…
…声?あれは…優の声?
あの時、優は息も絶え絶えに、僕に何かを…お願い…
「…あ」
「お、ついに思い出した?」
「…うん」
「良かった、そんな事今になって言えないでしょ?」
「まあ…確かにね、だから今日も『集合』だったんだ」
「そう、あの日みたいにね」
「…さて、折角思い出してくれたことだし、あの時の続きを、お願い、しようかな」
「…本当に、いいの?」
「嫌だったらそもそも誘ってないよ」
「…わかった」

星に願いを託すには、今日しかないよね。
そう言って笑っていたあの日の君の笑顔が浮かぶ。
幾年を越えて、あの日と同じ星々へ。
星が見えない君に代わって、お願いします、どうか⸺

「終わった?」
「うん、願い終わったよ」
「何をお願いしたのかな?言ってごらん?」
「分かってるくせに…」
「あはは」
「さ、帰るよ」
「えー、まだ秘密基地の気分ー」
「もう子どもじゃないんだから…風邪ひくよ」
「この上着ちょうだいよー」
「そしたら僕はどうしたらいいんだよ」
「あはは、たしかに」
「ほら、足元危ないから」
「………」
「…はあ、ほんとあの時どおりだな」
「ゆっくりでいいよ?」
「ゆっくりとしか歩けないよこれじゃ」
「あはは、言葉には気をつけなさい」

流れる星に乗って、願いは既に叶えられた。

4/26/2024, 12:02:53 PM