木蘭

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【特別な夜】

同じライブハウスの前を、もう何往復しているんだろう、私。ここまできたらもう中に入ってしまえばいいものを、変なプライドが邪魔しているのか入り口を素通りしては戻り、また素通りしては戻ってしまう。

1ヶ月前、些細なことで彼と喧嘩した。彼は地元ではある程度知られたミュージシャンで、定期的にライブハウスのステージに立っている。私には、彼がその現状に甘んじているように見えて歯痒かった。あなたには、前に進もうという姿勢が感じられない-そう言って、私は彼のもとを去った。

開演数分前、ようやく中に入った私は観客の多さに驚いていた。知り合った最初のころは半分も埋まることがないのが常だったのに、今日は空席を探すのが難しいくらいだった。

ようやく席に着いたと同時に、彼らのステージが始まった。昔から馴染みの曲もあったが、初めて聴く曲も少なくなかった。きっと、私と別れた後も曲を作り続けていたのだろう。

「頑張ってたんだなぁ、あの人なりに」

そう思い、なかなか真っ直ぐ見られなかったステージ上の彼に目を向けた。汗だくで振り絞るように歌う彼の姿は、昔と変わらずかっこよかった。そして、あの頃よりも歌うことを楽しんでいるようだった。

「最後はいつものこの曲です。聴いてください」

聞き馴染みのあるメロディが流れてくると、いつの間にか一緒に口ずさんでいた。そして、いつの間にかステージ上の彼と目が合った…気がした。

ライブが終わり、会場を後にするとすぐに聞き覚えのある声で呼び止められた。さっきまでステージの上で輝いていた彼が、息を切らして目の前に立っている。

「ありがとう、来てくれて。あの曲も一緒に歌ってくれて…嬉しかった、ホントに」

そう言って笑う彼は、あの頃のままだった。でも、確実に前を向いて進んでいるのだと今ならわかる。

「あのときはごめんなさい。私、何もわかってなかった。もう遅いかもしれないけど、あなたが積み重ねてきたものがやっとわかった気がする。もし、できることならまた…」

そう言いかけたところで、彼が言葉を重ねた。

「俺と一緒に歩いてくれないか。少しずつかもしれない、立ち止まることもあるかもしれない、それでも一緒にいたいんだ」

よかった。まだ、間に合った。
私は彼にお願いをした。

「今度は目の前じゃなくて、隣に座ってあなたの歌を聴きたいんだけど」

彼は笑顔で頷くと、私の手をとった。

「帰ろう、一緒に」

私も笑顔で頷き、この特別な夜の幕が降りた。

1/22/2024, 10:06:46 AM