北野レイ

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それは不思議な歌だった。
心がふわふわと軽く透明になる。
彼女の歌声はそんな魅力を兼ね備えていた。
私は彼女の歌声が大好きでいつも歌ってとせがんでいる。
友達なのに、まるで母親に童謡をせがむ子供のように。
彼女もそんな私のことを子供みたいと笑っていた。
本当は対等になりたかった。
貴女の一番になりたかった。
貴女と共に生きたかった。

彼女と出逢ったのは、私が高校に入学した時。
彼女は新米教師なのだ。
彼女は私が入った文芸部の顧問になった。
とはいえ、部員は三人しかいない。
三年生の部長の先輩は兼部していて、文芸部の部室には文化祭の頃しか来ないほどだ。
だから、実質二人で活動していた。
活動していたとはいえ、図書室の片隅で本を読んだり、他愛もない話をしたりしていただけだ。
私は友達が少なく、彼女もそんなタイプのようだった。
正直、彼女は教壇に立つタイプではない。
でも、他になりたいことがないから、両親のように教師を目指したそうだ。
私のようにはならないでね、が口癖だった。

放課後の部活動の時間は、本を借りる生徒や、勉強する生徒はほぼいない。
だから、二人きりのことが多い。

今日もそんな二人きりの部活動(という名の暇潰し)をしていた。

暇潰しだから、歌だって歌う。
何かの話でどんな歌が好きかという話題になり、彼女が歌うことになった。

一度歌ってもらうと歌声がクセになり、私はいつもせがむようになった。

そんな時間が大好きだったのに。

ある日、彼女は部活動に来なくなった。
初めは職員会議で遅くなっているのだろうと思った。
そういう日もあるからだ。
特に毎日来てほしいと言ったことはない。
ただ、私が一人でここで過ごしていることを知っているから結果的に毎日来てくれているだけだ。
授業の準備や、テストの準備など忙しいことだってあるだろう。
実際、テスト前は私も遠慮して教科書を開いて勉強している。(ほぼしてる振りだけど)
そういう時は彼女も忙しいのか来ない。
たまに来ては、今日は来れないからごめん!とわざわざ言いに来てくれる。

でも、今日はそれもなかった。
実は風邪でも拗らせて学校自体にいないのかもしれない。
私は気になって、職員室へ行った。
職員室はいつもよりザワついている。
何かあったのか…とこちらまで不安になる。
彼女を探してもやはり見つからない。
私は近くにいた女性の先生に話し掛けようか迷った。
すると先生から話し掛けられた。
「もしかして、いつも図書室にいる子?」
「えっ…あ、そうです…文芸部の斎藤です」
別の学年の教師のため、話すのは初めてだ。
向こうに把握されているとは思わず声が裏返る。
「貴女にこれを…と預かっていたの」
「?」
先生に手紙を渡された。
宛名は彼女からだ。

「あの、……吉野先生は今日お休みですか?」
「……」
彼女は気まずそうに押し黙っている。
私は何故か嫌な予感がした。
「とにかくその手紙を読みなさい」
と一言行ったきり、もう私と話は終わったかのように、目の前のパソコンで仕事を再開している。

「……ありがとうございました。失礼します」
何だか腑に落ちなかったが、手紙が気になるため、職員室を後にした。

誰もいない図書室へ戻ってきた。
一応誰にも見られないように本棚の裏で隠れて手紙を開ける。

『ごめんね、ありがとう、楽しかったよ。

P.S もう歌を歌ってあげられなくてごめんね』

とそれだけが書かれていた。
ところどころ、インクが滲んでいる箇所がある。
恐らく、泣きながら書いたのだろう。

翌日、彼女が亡くなったと全校集会で聞いた。

まるで、耳に入らない。
もう、朗らかに透き通った声で歌う彼女の姿は見れない。

あんなに仲良くしていたはずなのに、いつも楽しそうだったのに、どうして命を経ったのだろう。
私にはそんな様子微塵も見せなかったのに。

友達のように親しくしていたと思っていたけど、結局、教師と生徒でしかなくて、歳も8歳ほど離れていたから、歳の離れた妹のような扱いだったのかな。

私はこっそりスマホで録音していた歌声を聞く。
せめてこの歌声を再現出来ないだろうか。

私はあまり勉強は出来なかったけれど、それから猛勉強して大学へ行き、ロボット工学を専攻した。

そして卒業後、彼女の声に近い声を再現させることに成功した。
動画サイトへアップすると、たちまち人気になった。

彼女の声は今や世界中の人を癒やしている。

でも私だけが本当の声を知っている。

5/24/2025, 3:02:37 PM