記憶
ある女の子がいた。その子は優しくて、頑張り屋さんで、笑顔が素敵なクラスの人気者。いつもたくさんの友達に囲まれていた。
対して、私は地味で、いわゆるモブみたいな存在で。友達なんて一人もいなかった。
ある時、彼女が私に話しかけてきた。
「あの、ちょっといいかな?突然ごめんね、ここの問題が分からなくて…教えてもらいたいんだ」
彼女が指さしたのは先程の数学の時間の応用問題。私は勉強だけは得意だったので、授業中に解き終えて、余った時間で次の授業の予習をしていた。休み時間もほぼ読書か勉強に費やしているので、周りからも勉強が得意だと思われている。だからこそ、彼女は私に声をかけたのだろうな、と思いつつ、私は、
「えっと、ここの問題はまずこの図形を二つに分けて…」
と、解き方を説明する。
「…あー!そういう事かあ!ありがとう!」
彼女は明るくそう言った。
「どういたしまして」
私はそう答えた。
「ねぇ、もし良かったらまた教えてくれないかな?わたし、数学あんまり得意じゃなくて…あなたの説明、すっごく分かりやすかったから!」
無邪気な笑みを浮かべ、彼女はそう言った。
「わ、私で良ければいつでも聞いてください…!」
必要以上の会話をするのは久しぶりだった上、相手はあの人気者。少し緊張しつつ、そう答えた。
「うん、よろしくね!」
それ以来、私と彼女は話すことが増えた。最初は分からない問題のことだけだったが、だんだんそれ以外の会話も増えてきて、距離が近くなっていった。彼女と過ごす時間は楽しく、心があたたかくなるのを感じた。私たちの関係を、「友達」と呼びたいと、そう思うようになっていった。
…だからこそ、辛かった。どれだけ彼女と話しても、仲良くなっても、彼女にとって、私は沢山いる友達のひとりにすぎない。彼女が一番幸せな顔をしているのは、他の子達と一緒にいるときだ。私は、特別なんかじゃない。私は、彼女の一番にはなれない。痛む心を隠しながら、彼女と笑いあった。
そうして過ごしているうち、あっという間に卒業式を迎えた。なんの偶然か、彼女とは三年間クラスが一緒で。彼女との仲が途切れることはなかった。
私の思い出には、ずっと彼女がいた。つまらなかった日々が、彼女によって彩られていた。彼女は、私にとっての一番だった。特別だった。
ここを卒業したら、彼女とはもう、話すことはないだろう。悲しいけれど、それでいい。きっと、彼女の記憶に私は残らないけど。彼女との日々は、宝物として、胸の奥底にしまっておこう。
彼女とは違う道を、一歩踏み出す。歩いているうちに見えた、どこかのうちの庭に咲いた、スイートピーが綺麗だった。
3/25/2025, 1:17:25 PM