ノーネーム

Open App


街灯も届かない、雨の音しか聞こえない
路地裏のような場所で

建物の隙間から漏れる繁華街の灯りを
ただぼーっと眺めては雨に佇む影が一つ

闇に紛れるように黒いフードをかぶり
薄っぺらい本を一冊、傘代わりに開いていた

それは心の中そのものを書き溜めたある男の物語
名作とは程遠い、所詮自己満足の殴り書き

それでも一番大事だった

ページをめくるたび、
濡れて、破れて、溶けて排水溝に流されていく

誰にも知られる事もなく、誰の記憶に残る事もなく
この体も一緒に溶けて流れてしまえと思った

濡れに濡れて冷えてそれでも
雨はこの体を弾いていく
熱を作ろうと震える鼓動が雨の音よりうるさくて

もういいよ もういいからと
握りつぶしてしまいたかった

生きようとするこの体が
うっとおしい
綺麗に流れていった心が
羨ましい

でも、
どうせ諦めても消えないなら
どうせいつでも流せるなら

せっかく雨に流したのに
ほら、また元通りだ
空っぽになったはずの心の中が
また疼きだす

一つ書きたい物語ができてしまった

次は誰かの心に残るような綺麗な物語を


8/27/2022, 3:25:57 PM