頭に器具をセットして、目を瞑る。
手に持ったリモコンのスイッチを入れる。
固定ベルトが自動で手首に巻き付いて、体を固定する。
今日も嫌なことがあった。
昨日もきっと明日も。
そんな時、私はこの椅子に座って、この機械に自分をセットして、スイッチを入れる。
心だけ、逃避行。
心だけ、現実逃避するために。
この機械は「仮想精神世界体験機」。
この機械の椅子に体を預け、脳をセットし、スイッチを入れれば、体を現実に残したまま、心だけ、逃避行することができるのだ。
ストレス社会を極め、出生率は下がり、外的ストレスや精神病により自殺率ばかり上がるこの現代社会の、国民の精神に悪影響なストレスを軽減するため、開発されたこの機械は、心だけなら、いつでもどこへでも、連れて行ってくれる優れものだ。
今では、今を生きる人間の大半が、これに頼りながら生きている。
現実で休日にスポーツやら趣味やらをして気分転換…なんて前時代的なストレス発散をする人間などもういない。
今では、仕事や食事、睡眠をしていない人間たちは、みんなこの機械に繋がれて、心だけ、逃避行をしている。
もはや、現実には私たちの希望や幸せはなく、無機質なシステムだけが粗々と広がっている。
私たちはもう現実を生きていない。
体を置き去り、心だけ、心だけ、逃避行しながら、もう誰も相手にしないようなクソな現実を動かして、生きている。
私たちは、私たちの仮想精神世界で生きている。
これが、心だけ逃避行をしてきた私たちの末路だった。
心が体から離れ、逃避行へ向かう感覚がする。
瞼の裏に、私たちの望んだ、お馴染みの、仮想精神世界の景色が写り出す。
私は心だけ、逃避行する。
心だけ、現実から。
現実から、逃げ続ける。
現実からも、自分の肉体からも、世代的な責任からも、人類という種族からも。
逃避行する。心だけ。
7/12/2025, 5:33:53 AM