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神様が舞い降りてきて、こう言った。
「アガペーって知ってる?」
俺は知らなかったので、宗教の勧誘よろしく、その髭の生えたおっさんを、横目に逃げ出した。
おっさんの言うことにゃ、
「世界中でそれが欠乏しているのよねん」
そんなこと言われたって、俺は正義の味方でもないし、チェンソーマンでもないんだ。
おっさんは、逃げ出す俺を捕まえると言った。
「キミキミ、神の使者になってみない?」
そこからは、記憶がない。
気がついたら近くのガストにいた。
おっさんは、ネコ型ロボットと会話をしていた。
「大盛りポテトひとつ」
ロボットは困ったように、おっさんの前を通り過ぎて行った。
「あ、支払いは君、頼むよ」
「ええ〜」
「ええ、それでアガペーというのは……」
「やっぱ宗教の勧誘じゃん……」
「そんなことないよ、そんなことないのよ」
おっさんは、ポテトをつまむと言った。
「ポテトを揚げたら美味いっていうのは、人類の発想じゃなくて、神様が伝えたことだからね」
「ええ、うさんくせえ……」
それから、話は長いんだ。
「臭いものには蓋をしろ。じじいとばばあには優しくしろ、お天道様は見ている。まぁ、なんでもいいんだけどさ」
と、おっさんは、ため息をつく。
「アガペー? 神の愛? ポテトより美味いかって? 美味いんだよね、それが」
俺は、このホームレスのおっさんが、不憫になってきた。確かに新宿の横丁で会った。
それで、近くのカトリック教会で、炊き出しを受けていたらしい。
だから別に神様でも何でもなくって、本当にただのおっさんだったんだとさ。
そのおっさんが、昨日死んだ。
川べりで、神様にお祈りしてるときに死んだらしい。
不覚にも俺は泣いた。
天国に行ったのかなと思う。
アガペーはあったのかな、と思う。
だけどひとつだけ言っておきたいのは、人と言うのは、死ぬだけで人を泣かせるような、そんな人生を俺も送りたいと思った。それだけだ。
因みに俺は無神論者である。

7/27/2023, 10:20:33 AM