いろ

Open App

【何気ないふり】

 抜けるような青天の下に桜の花が満開に咲き誇る川沿いの道は、多くの花見客で賑わっていた。
 例年であれば、ここまでごった返すことはないのだけれど、どうやら今年はテレビの情報番組か何かで、花見の穴場スポットとしてこの場所が紹介されたらしい。こんなに人が押し寄せてしまったら、もうそれは穴場でも何でもないのではないだろうか。なんて、至極くだらないことを頭の片隅で思った。
 私たちにとってこの道は、春になると桜が綺麗な、ただの最寄り駅までの経路に過ぎない。そして残念ながら、ちょうど良い迂回路が他にない以上は、桜を目当てに訪れたわけでもないのにこの人混みへと諦めて突入するしかなかった。
 一つ年下のくせに生意気にも少しだけ上にある君の顔を、ちらりと仰ぎ見る。人混みが大嫌いな君は案の定、眉間に深いしわを寄せていた。なるべく自然な動作で、そっと君の手を握る。
「行こう。はぐれないでね」
 君が人に流されてしまわないように。ちゃんと二人で無事に駅まで辿り着けるように。全部全部君のためで、何でもないことなんだよって顔をして、重ねた手に少しだけ力を込めた。
 どきんどきんと跳ねる私の心音が、どうか君に届いていませんように。触れ合った指先に集まった熱が、どうか君まで伝わっていませんように。
 君の手を引いて人波をかき分けながら、ひっそりとそう祈る私の頭上に、桜の花びらがひとひら舞い落ちた。

3/31/2023, 3:34:52 AM