薄墨

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生焼けのトーストを齧る。
壁掛け時計は、朝の七時を指している。

紙コップの中の、ぬるいコーヒーを飲み干して、立ちあがる。
トーストを齧りながら、鞄を肩にかける。
窓辺に立って、きっちりカーテンを閉める。

分厚いカーテンは、光を通さない。
部屋の中は薄暗い影に包まれる。

私にとって、カーテンは閉めるためにある。
カーテンの役目は、外からの視線を遮って、部屋の中を隠して守るだけではない。
部屋の中の私の視界を遮って、外の景色を隠してくれる。

紙コップを潰して平坦にしてから、トーストを持って、床に座り込む。
鞄を肩に掛けて、膝に抱えたまま、トーストを齧る。
ツルツルと輝く塵一つないフローリングに、パン屑がパラパラと落ちる。

私は病的な人間だ。
床に落ちているものはどんな小さなものでも我慢ならないし、家具や家電を置くのは怖い。
凹凸はどうしようもなく気になるし、円柱や立体的な“モノ”感があるものが怖い。

私は立体が怖い。
そして平坦が好き。

こうなってしまったのは、いつからだったろうか。
もう覚えていない。
人嫌いが病的になり、立体恐怖症に悪化して、部屋に引き篭もるようになってから、私はずっと日中は、カーテンを閉め続けている。

トーストを食べ終わり、折りたたみ式のほうきとちりとりを組み立てて、パン屑を掃除する。
掃除が終われば、急いでほうきとちりとりを分解して、また平面に戻す。

そこで私の心はやっと平坦を取り戻す。

もう私は、外では生きていけない。
外には、あのカーテンの向こうには、奥行きが溢れている。立体が溢れている。
だから私はカーテンを引いて、ただの四角い部屋の中にへたり込んで朝ごはんを食べる。

そんな家主を持ったおかげで、うちの部屋の窓の鍵はすっかり錆びついてしまっている。

朝食も終わったので、鞄からノートパソコンを取り出して、起動する。
立体が怖い私は、仕事も買い物も会話も平面でする。

現代は、私にとって良い時代だ。
大抵のことは外に出ずに、平面上で済ませられる。

インターネットは、私の日常を支えてくれる。
カーテンは、私を立体から守ってくれる。
だから私は、ずっとこの部屋の中で暮らしている。
ゴミは玄関前に置いて、管理人さんに回収してもらう。
届いた荷物は綺麗に潰して、平坦にする。

立体に侵略させないために。

私は、カーテンに守られ囲まれた平坦な王国で、暮らしている。
私だけの王国。
カーテンはこの王国の砦で、守衛なのだ。折り目の影がちょっと気になるけど。

そういうわけで、私は今でもカーテンに守られて生活している。
カーテンに四隅を囲まれた、平坦で手狭な楽園で。

カーテンが、部屋に薄暗い影を落としている。
部屋の中のどんなものにも公平な、平坦な影を。

私はゆっくりと体を伸ばす。
今日も、私の平坦な一日が始まる。

10/11/2024, 2:19:20 PM