シオン

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(昨日分の小説も合わせてあげさせていただきます)
お題「日の出」
 サルサは至極貧乏な家の出であった。
 そもそもレグヌス王国というのは、別にきちんと仕事をしていれば安定した生活が送れるレベルの国ではあったが、サルサの父親はギャンブルに手を出してしまっていた。そして、彼には運がないに等しかったのだ。サルサが稼いできたお金も父親が稼いだお金もほぼ全てギャンブルへと注ぎ込まれ、全てが意味の無い紙切れへと変わる。借金をしていないのが唯一の救いという具合だった。
 そんな家で生まれ育ったサルサは少しでも多くお金を手に入れるため早朝から、早い時は日の出前に仕事へと行くことが多かった。そのため、早起きが得意だったのだ。
 やはり魔界に来てからも同じ生活を身体が覚えてしまっており、彼は五時に目を覚ました。
 部屋にはトイレと洗面台がついている。「風呂のみ大浴場で済ませてくださいね」とウィルが言っていたのを思い出しながら、サルサは洗面台で顔をゆすいだ。
 大きく息を吐いてから制服に袖を通す。やはり緊張するようでもたもたとしていればあっという間に六時を過ぎていた。
 レグヌス王国ではもう間もなく日の出の時間であり、同じ時を刻んでる魔界も同じであろうと何気なく窓を見やったサルサは息を飲んだ。赤い月が空に昇っている光景を見たからである。
 小さくノック音がしたあと、少しの間を開けてウィルが顔を出す。
「おはようございます、サルサさん。…………今日はちゃんと用意された制服に着替えていますね。学習ができない方ではないようで安心いたしました」
「お、おはようございます。ウィルさん、空が…………」
 ハワハワとした様子で、挨拶もそこそこに訴えかけたサルサに対して、ウィルは柔らかく微笑みながら言った。
「……あぁ。初めて見る光景であれば驚かれることになりますか」
「あれはなんですか。月……ではありませんよね」
「月ですよ。『赤い月』です」
「いや、だって…………月は、夜にだけ……」
「それは人間界の常識でしょう? こことは勝手が違うんですよ。こちらでは『赤い月』と『青い月』が存在します。貴方の知ってる月は『青い月』の方だと思いますよ」
 ウィルはサルサの顔を真っ直ぐと見やった。困惑に満ちている彼の顔をしばらく見た後、胸ポケットから懐中時計を取り出して、確認しながら口を開いた。
「今日は昨日言ったように城内案内をいたします。広いので日は分けますが、出発は早い方がいいんですが」
「す、すみません……!」
「いいえ。咎めてはおりません。ただ、そうですね。そんなにいちいち驚かれるとなると、若干のやりづらさは感じてしまうかもいたしませんね」
「ふ、不快にならないように精一杯つとめます!」
 ウィルは腰を折り曲げてお辞儀をしたサルサに対して、冷ややかな視線を送った末にため息をついた。まるで、そんな態度は求めてない、とでも言いたげである。
「…………まぁ、いいです。行きますよ」
 ウィルは扉を開いて外に出ていく。サルサも慌てて後を追うことにした。
 窓の外では赤い月がちょうど全部顔を出したところであった。
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お題「幸せとは」
「ここ、最上階のエレベーターホールから右側に向かうと、貴方が一番最初に訪れたデウス様のお部屋です。入ることは一般的にはございません。左側に向かうと執務室と呼ばれる場所です。こちらは主に上官の方たちが務めていらっしゃる場所です。アリア様やプロム様が働いてるところと言えば貴方にとっては分かりやすいでしょうか」
 昨日に引き続き、ウィルはサルサのために城の案内をしていた。昨日の案内は主に生活に必要な、食堂や大浴場等の施設の場所に加えて、ウィルがよく顔を合わせてる仲間の紹介であったが、今日は一転して立場が偉い人たちが住んでいる場所なんかの説明であった。そのため、サルサは少し前からずっと、目をグルグルと回していた。
「…………疲れましたか?」
「あ、え、い、いいえ! まだ、というか全然平気です!」
「そのようには見えません。一旦休憩しましょうか。エレベーターで一個下の階に向かいますね」
 ちょうど良いタイミングで来たエレベーターにウィルが先に乗り込み、サルサもそれについて行く。沢山並んでいるボタンの上の液晶に手の甲をかざしてからウィルはボタンを押した。その様子を見ていたサルサが恐る恐る尋ねる。
「…………エレベーターを乗る時、いつも何をしていらっしゃるのですか……?」
「……なにを、というのは、もしかして甲をかざしていることですか?」
「は、はい…………」
 『チンッ』という軽い音と共にエレベーターの扉が開く。
「……後で教えます」
 ウィルはそう言って微笑みながらエレベーターを降りた。
 最上階はデウスがいることもあってか、荘厳な雰囲気であり、物音一つ聞こえはしなかったが、たった一階降りただけのこのフロアは騒がしい声で賑わっていた。
「ここは、主に休憩所や数少ない娯楽施設があるところです。本来は城外にしかないのですが、ごく限られた一部の施設のみ、城内でも運営しております。とはいえ、貴方は入ることは出来ないのですが。今日の目当てはこちらです」
 エレベーターホール前の少し狭めの通路を抜ければ、テーブルと椅子が行儀よく並べられたスペースへと抜けた。談笑する者たちで賑わっているそこは人間界のカフェか何かとほぼ変わらなかった。違うのは彼らに角が生えていることだけである。
「こちらへ」
 ウィルが手で指し示したのはそんなスペースの一番端の席だった。サルサがキョロキョロと辺りを見回しながら席につけば、ウィルも座っていた他の者たちに向かって軽く一礼をしてから席についた。
「ここは休憩スペースと呼ばれています。特に許可無くどんな者も、どんな用途でも使用できます。サルサさんも何かありましたらここへ」
「…………は、はい……」
「それから、エレベーターの中で尋ねられました事についてですが、身分証のようなものが甲に掘られています」
 そう言いながらサルサに向かって右手の甲を差し出した。黒い紋章のようなものがしっかりと刻み込まれている。
「どんな役目についてるか一目で分かるようになっています。今の私は貴方の教育係ですのでそこそこの高さにいます。貴方はないです」
「…………入れる時痛そうですね」
「若干の痛みはありますが、そこまででも…………。でも、貴方はまだ心配することではありません」
「…………一年間、入れられないからですか……?」
「一年間では無いです。そこは、流石に。でもしばらくはない話です。エレベーターも使えないので基本的に部屋まで私が迎えに行く形になります。…………さて、少し休憩でもしましょうか」
 ウィルは軽く息をついて咳払いをした後に言った。
「…………世間話として、何かネタはありますか?」
「…………え、ね、ネタ……ですか」
「はい。貴方が私と話したい話をどうぞ」
「話したい話…………」
 サルサは困ったような顔で思案した後、おずおずと口を開いた。
「ウィルさんにとっての『幸せ』ってなんでしょうか……」
「…………幸せ、ですか」
「すみません、変な質問をしてしまって!」
「いいえ。面白いと思いますよ。暇つぶしにはこれくらい定義として難しいものの方がいいでしょう」
 サルサが真っ青な顔で謝罪をしたのを肯定しながらウィルは微笑んだ。
「そうですね、幸せ……。私はやはりデウス様のために動いてる時が幸せではありますけども」
「…………すみません、ボクなんかのためにその時間を割かせてしまって……」
「すぐに謝罪が出ますね、貴方は。……貴方の教育係をするのはデウス様に命じられたからなので、これもデウス様のために動いてるのと同義ではありますよ」
「なる、ほど……」
 納得のいかないような様子で、だがしかし反対するのもおこがましいといった感じで言葉を紡いだサルサに向かってウィルは問いかけた。
「貴方は?」
「ボクの、幸せは…………」
 サルサは口をつぐんでしまった。
 分からない、わけではないけれど、果たしてそれがちゃんとした幸せなのか全く検討もつかなかったからだ。
「……わかりませんか?」
「…………難しいです。幸せを、感じたことはあまりなくて」
 その言葉に驚いたように目を見開いたウィルは、やがて柔らかい笑みを見せながら言った。
「………………じゃあ、ここで見つけましょうか。貴方の、幸せ」
「…………ボクの、幸せを……?」
「ええ、ここで一年間は過ごすのですから、きっと一回くらいは貴方が幸せだと感じる時も来ると思いますよ」
「そ、そうですかね……!」
 嬉しそうに笑ったサルサに対してホッとしたように息をついたウィルは、懐中時計を見やってから立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか。いい具合に休憩もできた頃でしょうし」
「は、はい!」
 サルサも勢いよく立ち上がりながら返事をする。その顔は来た時よりもほんの少しだけ晴れやかであった。

1/5/2025, 9:38:10 AM