白井墓守

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『揺れる羽根』

天使の羽は動かない、という言葉を御存じだろうか?

神に使える天使は、全てを神に捧げており。
どんなことが起きても心が揺らぐ事がない。
だから、動揺して羽根が揺れることはないのだ。

……本当に?

「どうして、どうしてなんだ、兄さん」
「いけない、お前まで堕天してしまうよ」

いつもの優しい優しい兄さんが、天使の中でも一等優等生だと言われた兄さんの羽根が、真っ黒に染まっている。堕天だ。

「ミハエル。お前は神の言葉だけ聞いていなさい。けして、人間の言葉に耳を傾けてはいけないよ……これは、お前の兄として出来る最期の忠告だ」

そう言って兄だった物は落ちていく。

僕が羽根を揺らす事はない。ただただそれを眺めていた。
ただ一言。

「神は人間を救えと教えた。なのに、人間の言葉に耳を傾けるなと仰せなのか」

弱者を助けたいことと、弱者の言っていることに耳を傾けるのは違う事なのだ。彼らには自己理解が足りない。どうすれば自らが救われるのか理解出来ていない。何が救いなのかも自覚出来ていないだろう。
だから、神は正しい。……正しい、が。

「じゃあ、僕ら天使は人間から見たら、一方的に自分意見を押し付けて此方の意見を聞かない存在になるって事ですよね? それなのに、神は人間を助けようとするのか……そこまでして人間に助ける価値などあるというのか……それでも人間を助けることが神への忠信ならば、兄の分も“私”がやらねば……」

私の羽は揺れない。

しかし目の前でふわりと舞う黒く堕天した揺れる羽根を、
冷たい無機質な目をじとりと目に焼き付けつつ、唇を強く血が出るまで噛んだ。

(悪魔のほうが、マシかもな……)

そう思ったとしても、けっして口から出ないように。強く強く、噛み締めた。

私の羽根は揺れない…………まだ、


おわり

10/26/2025, 12:25:36 AM