駒月

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 妻の部屋には日記がある。
 たまたま見つけたものだが、中身は見ていない。何故ならそれは紐で何重にもぐるぐる巻きにされていて、まるで封印されている風だったから。
 
 ある時、魔が差して日記の紐をほどいてしまった。
 妻が何やら楽しげだったからだ。いつもより念入りに肌の手入れをして美容室で髪を整えて。俺以外に好きな男でもできたのだろうか……そんな気持ちからだった。
 不安だった。妻が好きだから。よそに行ってしまうのが怖かった。だから、浮気の証拠など見つかってくれるなよ──願いながら開いた日記は俺を絶望へと突き落とすものだった。
 俺と出会う前から、妻は男と深い仲になっていた。日記に事細かに記された当時の楽しい思い出、男への愛に嫉妬で狂ってしまった。
 
 俺は妻を殺した。
 何度も何度も、恨みを晴らすかのように刺した。
 そうだ、俺に気持ちがないならいなくなってしまえばいい。

 何日も部屋にいた。近所から通報があったらしく、外はパトカーのサイレン音が鳴り響いている。
 何もかもどうでもいい。もう俺を愛してくれる人はいないのだから。
 紙のめくれる小さな音がした。風もないのに誰がそんなことをしたのだろう。妻の日記が最後のページを開いて待っていた。

『記憶がなくなっても、私はあなたを愛しているよ』

 ──ああ、そうだ。俺は事故で記憶がなくなったんだっけ?

 妻に他の男などいなかったのだ。
 俺の記憶がないだけで、妻はずっと俺だけを愛していた。なんてことをしてしまったんだろう。

『結婚記念日には、毎年デートしようね』

 ──今日がその日だったんだ。

 鳴らされるチャイム、叩かれるドアの音……
 もうダメだ。
 同じところへは行けないけれど、せめて俺も同じ痛みを味わわなければ。
 転がっていた包丁で首を切った。
 ごめん、愛してなくてごめんな。

 


【閉ざされた日記】

1/18/2024, 4:52:47 PM