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距離

棚から赤い背表紙の本を抜き出す。
ほんの少し古びている。40年前に出版されたものにしてはずいぶん状態がいい。この本の持ち主は物持ちがいいことで有名だ。

テーブルについてページをめくる。スマホなどない時代の昔の恋愛小説だ。もどかしく感じるところもあるがこれはこれで面白い。

夢中になって読み終わると窓の外はすっかり暗くなっていた。確か今日は新月だ。街灯の少ない帰り道を思い憂うつになった。

「まだいたの?すっかり暗くなってるのに」
本の持ち主が部屋に入ってきて声をあげる。とっくの昔に帰ったと思われていたようだ。送っていくから支度して。
急かされて慌ててコートをはおる。本を棚に戻そうとすると制された。それは手入れしてから戻すからね。そこに置いたままでいいわ。

夜道を並んで歩いた。道に影は見当たらない。月明かりがあれば私と彼女の身長差が照らし出されただろう。

小学生と、60代の大人の女性。私たちに血縁はない。
児童図書館の館長と利用者というのが私たちの関係だ。
歩きながらこのひとの子どもになれたらいいのにと思う。物持ちが良くなるには、背が伸びるには、ひとりでいきていくには、どれほどのじかんがひつようなのだろうか。

わたしのきもちをしってかしらずか、とおいきょりにあるかのじょのひとみはおだやかにわたしをみおろしていた。

12/1/2023, 11:12:24 AM