忘れたくても忘れられない
職場で出会ったある女性の先輩が気になっていた。艶やかな髪にかすかな香水を纏った上品な人で、話すと柔らかい印象を与える。たびたび仕事を共にするようになると、向こうからも積極的に話しかけてくれ、二つ年上であることもわかった。単純な僕は、次第にその先輩に惹かれるようになった。
そんなある日、先輩とともに別の部署を訪ねることになった。扉を叩くと、どうぞと招かれたのち、靴を履き替えるよう指示された。二人で各々靴を脱ぐ。自然と先輩の靴下が露わになった。なんの変哲もない仕事用の黒の靴下だった。ただ、十ある足の指のうち、七の指が「こんにちは」していた。
僕は出向いた部署でテキパキと仕事をこなした。なるべく何も考えないようにした。なぜ穴だらけの靴下を履いているのか、という野暮な疑問はできる限り頭から消し去った。帰り際、靴を履き替える際は自分の足先だけを見るように努めた。
一旦、忘れよう。
自宅の天井に宣言し、僕はゆっくり眠ることにした。
10/17/2024, 5:50:36 PM