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世界の終わりに君と/

僕は告げなかった。
君に最後まで笑っていてほしかったから。

なんて。

君の笑った顔を僕が見ていたかったんだ。

恐怖で歪んだ顔なんて見たくなかった。
それが最後だなんて、、

僕は逃げるように君を恐怖から遠ざけた。
君は子供のように僕のあとをついてきたね。

必死だったんだ。
君の笑顔を守るために。

君の望むことは何でもやったよ。

射的がやりたいとはしゃぐ君に
僕は何度でも付き合った。
どうしても倒したいという駄菓子を
無我夢中で狙う君を僕は眺めていたんだよ。

歌うのが苦手な僕だけど何時間でも付き合えた。
君と居ると時間が泡のように消えるんだ。

リズムを取りながら踊る君を
楽しそうに歌う君を
僕は気付かれないよう横目で見ていたんだ。

電車に揺られながらうとうと眠る君を
僕の手を繋いで眠る君を
抱きしめて壊したいと思った。

壊したいけど壊したくない。
そんな矛盾を抱えながら僕は
一睡もせずに君の横顔に見とれていた。

気付かれないように
細心の注意を払いながらチラチラと
目に焼きつけていたんだ。

君の仕草に、言動に、表情に、
全て、なにもかもに、夢中だった。

電車に揺られてどのくらい来ただろう。
窓の外にはどこまでも海が広がっていて
君はここで降りる!と突然言って。

君の気まぐれさには困ってしまうよ。

僕は行く先々、すみません、と頭を下げているのだけれど、君は全くそんなことお構いなしに踊り続けて行ってしまうんだ。ひらひらと。

今日だって今だって。

走り出す寸前のバスを君は
すみませーん!と小さな体と比例しないほどの大声で、
乗ります乗りますー!と両手をあげ
全身で訴えかけている。
そして閉まったドアをもう一度開けさせるという
荒技をいとも簡単にやってのけてしまった。
君は魔法使いか何かなんだろうか。
こんな場面を僕はもう何度も目にしてきた。
そこに厚かましさが無いというのがなんとも不思議で。

僕は普通の人間なので
すみません、と顔を隠したくなるのだけれど
隣に座る当の本人は
ふぅー。乗れてよかったね!
なんてとびきりの笑顔で
呑気なことを言うもんだから参ってしまう。

そして君はしばらく窓の外をうっとりと眺めてたかと思うと、はたと突然、
降ります!ここで降ります!
なんて言うもんだから僕の心臓は飛び上がりドクドクと鼓動を速める。
そしてまた僕はすみません、と顔を隠しながら足早にバスを降りるのだった。

ふたりで海沿いをとぼとぼと歩いていく。
どこまで続いてるのかなー?
なんて君は無邪気に言いながらくるくると回る。

潮の匂いや鳥の鳴き声
心地よい風の音、そして君のぬくもりを
繋いだ左手から静かに感じていた。

僕はこの幸せが永遠に続くような気がしたのだけれど
世界は君みたいに忙しないみたいだ。

それは突然のことだった。

もやもやと怪しい雲が立ち込め
ぽつりぽつりといよいよ雨が降り出した。

そのうち豪雨となりけたたましく
雷の音がごろごろと鳴りだした。

君は驚いていたけれど、
旅にハプニングは付き物だよね、と
笑顔でびしょ濡れになった前髪をかきあげ
お化粧が取れちゃう、なんて顔についた
大粒の水滴を払うのであった。

僕はね、気付かなかったんだよ。

君は無邪気に見えて、何も考えてなさそうに見えて
何でも知っていたんだね。
やっぱり君には敵わない。
底しれない君の魅力は何なんだろうと
思っていたけれど、それは弱いところを誰にも見せない強さだったんだ。

最後の最後まで君は笑っていた。

木々が次々なぎ倒されても、
耳をつんざく様な音に苛まれても、
吹き飛ばされそうな豪雨に見舞われても、

君は自分よりも他の人の為に笑っていたんだ。
それが君の生き様だったんだ。

最後の最後にわかったんだよ。
遅かった。遅かったね。

君の肩が震えるからさ。
僕はこれまで以上に強く願った。
君から恐怖が無くなりますように、と。
強く抱きしめたんだ。壊れるくらいに。

君を抱きしめながら感じていた。
君は笑いながら泣いていたんだ、と。

顔は見れなくとも、最後に君の心を
抱きしめてあげられたのかな。

なんて。

そんなのは僕のうぬぼれかな。

だけど確かに君の心を感じた。

世界の終わりに、君を理解したんだ。

君の肩の震えが止まりふぅと魂が抜けたような
安堵の息を漏らした時、
僕の心も安らいで、笑みがこぼれた。

僕たちは泣きながら笑っていた。

最後の瞬間に安らぐなんてさ、笑ってしまう。

世界が終わった瞬間、
僕たちは最も美しかったんだ。

6/8/2024, 4:25:36 AM