野良のノラ

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こんなの僕の曲じゃない。違う。違う。これはあなたの音楽だ。あなたの思想だ。そこに僕が居なくなった時点で曲を作る意味は消失する。でも、売れる曲を、売れる曲を作らないと、食うものも無くなる。今住む六畳間の電気とガスはとうの昔に止まってしまった。辛うじて水道は止められていないけど、明日止まるかも分からない。秋の気配も息を潜め始めた今、ここで過ごすのはなかなか辛い。いや、そんなのはどうでもいい。僕はただ、音楽が好きなだけで、音楽を作っていたくて、自分が好きな曲をすきにつくっていただけだったのに。いつからか、高望みするようになってしまった。あなたに僕の曲を初めて聴かせた時か。はたまた、あなたにギターの腕を褒められた時か。はっきりとは覚えていないが、あなたのせいであることは確かだ。あなたに、僕の音を否定されると、溺れたように息が出来なくなって、あなたの音は正しいはずなのに、信じられなくなって。僕は、あなたに愛を乞うようになった。いつも僕にめっぽう厳しいあなたが、時々、本当に時々、照れたように言うんだ。いい曲だなって。僕は、僕の音のために音楽を作っている。なのに、あなたの音を信じてしまう。本当は分かっていた。あなたの言葉は本心なんかじゃなくて、僕の曲は世間から見たら砂場の砂粒一つみたいなもので、音楽に意味なんてものはないって。
今夜は海に行こう。冬がやっと始まったから。ぽっかり浮かんだ月に手を伸ばして、いい月だなって呟いて、そのまま海底に落ちていくんだ。水の冷たさを全身に感じて、僕も音楽になるんだ。ああ、なんて贅沢な結末なんだろう。

11/29/2022, 1:43:17 PM