点Pは移動していた。一月程前のことだった。出題されたのである。出題された以上は、ただ黙々と線分の上を移動するのが点Pの使命であるからには、やはり点Pは移動していた。
千葉から始まった道程も、直ぐに当初の線分を過ぎ越して、今は遠くベルリンの肌寒さの中にある。
点Pは生まれ来ったものとは異なる文化を眺めるうちに、当惑を覚えた。そして、点Pは何かを生み出すことのない己の広がりのなさを呪った。
点Pは偶然立ち寄った――という表現は適当でないにしても、或る図書館でひとりの詩人と擦れ違った。詩人の内部を移動したとき、確かに点は存在するという直観を得たのであった。
点Pはこの時、文字通り、天にも昇らんばかりに悦び、光に満ち溢れていた。改めて印刷されるなら、それはメタリックインキを用いた特殊印刷が相応しかっただろう。それだから、点Pが地上を離れつつあることに気付いた頃には、点Pは既に雲の中にいた。
点Pは等速で移動しつつ思いを巡らせた。遥か向こうには月が見える。秒速にして五センチメートルで始まった自身の移動は、果たして一年後には何処まで及ぶだろうか。
よくよく算えてみれば、月にも届かないではないか。点Pは己の愚鈍さに全く絶望にしてしまった。あの栄耀も終には失われ、点Pの旅程は精彩を欠いた。
そんな時であっただろうか。点Pのいなくなった地上では、未知の天体による月蝕が観測されたのであった。
点Pは移動していた。
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一年後
5/9/2023, 12:13:36 AM