sairo

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見下ろす海はきらきらと煌めいて、とても美しかった。
そっと膝をつき、手を浸す。煌めく光を掬おうとしても、手を擦り抜けるばかりで何一つ掴めなかった。
小さく息を吐く。手を引いて座り、今度は両足を海に浸した。
金属のように、澄んだ高い音が聞こえる。いつもは聞き入るその囁きを、今夜は何故か楽しめなかった。
視界に広がる、どこまでも広大な星の海。
胸元を飾る、煌めきを失った星屑にそっと触れる。悲しくはないはずなのに無性に泣きたくて、きつく目を閉じた。



どれくらいそうしていただろう。
ふと、羽ばたく音が聞こえた。目を開け視線を落とすと、星の海の底から何かがこちらに近づいてくるのが見えた。
息を呑む。ものすごい速さで近づくそれは、ばさりと大きな翼を羽ばたかせ、海から飛び出した。
星のように煌めく大きな銀の翼。同じ年ごろに見える少女は、器用に宙で止まったまま、辺りをぐるりと見渡した。

「あ。こんばんは」

その目と視線が合い、少女は丁寧にお辞儀をする。慌てて同じように会釈をすれば、少女は途端に破顔して、音もなく隣に降り立った。

「休憩ですか?お仕事ご苦労様です」
「あ、ありがとう、ございます……?」

随分と不思議な空気を纏った少女だった。にこにこと笑顔でその場に座り、興味深げに海を覗いている。
手を差し入れて、星を掬う。自分がした時は擦り抜けるばかりだった星。それが簡単に掬えたことに驚き息を呑めば、少女はこちらに視線を向けて掬い上げた星を放り投げた。

「流れ星に願いを言うと叶うって、知ってますか?」

首を傾げる。聞いたことがあった気もするが、それはここに来る前の話だろう。
星よりも高い所にあるこの場所では、流れ星を見るには海を覗き込まなければならない。ずっと誰かのために星の欠片を箱に収めてリボンをかけていただけの自分には、今までそんな余裕はなかった。

「本当に願いが叶うの?」

無意識に溢れた言葉に、今度は少女が首を傾げた。少し悩む素振りをみせて、口を開く。

「お呪いのようなものなので、必ず叶う訳ではないです。それに正しくは、『流れ星が消える前までに願いを三回言えば叶う』なので、結構難易度が高いんですよね」
「流れ星が……消えるまで……」

そっと足元の海に視線を向ける。一瞬だけ星が流れ消えていくのが見えて、この短さで願い事を三回言うことの難しさに苦笑した。

「お姉さんは、叶えたい願いはありますか?」

熱心に見ていたからだろうか。少女に問われ、思わず胸元の星屑に触れた。
大切な誰かから貰ったペンダント。でもその誰かを忘れてしまった。
思い出したいと願ってしまうのは、ただの我儘だろうか。

「お姉さんは真面目なんですね。少しくらいは自分を一番に考えてもいいと思いますよ」

触れている星屑を指さし、少女は言う。

「そもそも、生まれ落ちる命のために色々な感情や思いを宿した星の欠片を箱に詰めて送ってきたお姉さんが、自分の想いを制限されるのは不公平だと思うんです。こんなにたくさんある星の欠片の一つくらい、誰かのためじゃなくて自分のために使ってもいいじゃないですか」

星よりも煌めく瞳をして、不敵に笑う。指さす手が伸びて、腕を掴まれた。
だから、と少女に腕を引かれ立ち上がる。
ばさり、と大きく広がる銀の翼。羽ばたけば、少女と共に体が宙に浮いた。

「お姉さんは少し悪い子になっちゃいましょう……知ってますか?流れる星は、願いを聞くんですよ。それで叶えてもいいかなって思ったら、ほんの少し願いを叶えるお手伝いをする」

空を飛んでいる。不安で少女にしがみつけば、大丈夫だというように背を撫でられた。
それだけで、不思議と心が穏やかになっていく。視線を巡らせ、足元の海を見下ろした。

「さて、行きますか。星がお姉さんとお兄さんの願いを叶えるため、流れていきますよ。しっかり掴まっててくださいね」

その言葉が終わらない内に、少女と共に海の中へと飛び込んだ。
瞬く星の光で目が眩む。咄嗟に目を閉じれば、四方から聞こえる澄んだ音が音楽を奏でているかのように重なり響いた。
風が頬を打つ。それだけ速く飛んでいるのだろう。
流れ星のように。

「ほら、見えてきましたよ」

風に掻き消されることのない、はっきりとした少女の声がして目を開けた。
視界に広がる、星とは違う煌めくもの。忘れかけていた記憶が、それは海だと告げている。
風に海が混じり出す。どこか湿り気を帯びた、鼻腔を刺激する香り。どこか懐かしく感じられるのは、記憶の欠片がここで生まれ育ったことを示しているからなのだろうか。

「綺麗……」

目を細め、呟いた。その声に少女は嬉しそうに笑い、海の端へと指を差す。
まだ遠いそこに、誰かがいる。砂浜に立つその影を見た瞬間、胸が苦しくなった。

「お姉さん、もう少し我慢しましょう?泣くのはお兄さんの所に行ってから、ね」

優しい声に、滲み出す視界を拭い影を見続けた。瞬きの間に近づいて、影がこちらに気づいて視線を向けた。

「――っ」

少しだけ驚いたような表情。目が合った瞬間、必死に堪えていたものが溢れ出した。
滲む視界で、彼が腕を広げているのが見える。それに答えようと身じろげば、少女は軽く背に手を当て、掴んでいた手を離した。

「星が願いを叶えられるのはここまで。行ってらっしゃい、お姉さん」
「っ、ありがとう!」

泣きながら少女に礼を言って、そのまま彼の腕の中へと落ちていく。抱きしめられる温もりに、忘れてしまったものが戻ってくるのを感じた。
誰よりも愛しい彼。想いを告げるために、禁を犯して星の欠片を渡してくれた。
ようやく思い出すことができた。

「会いたかった」
「俺もだ」

止められなくなってしまった涙を拭い、彼は優しく囁く。

「流れ星に願いを託すと叶えられるというのは本当だったようだ」

そう言って、彼は上を見上げた。その視線を追って顔を上げ、無数の星々の煌めきに息を呑んだ。
星が流れていく。あの澄んだ音は聞こえない。遠く、高く、腕を伸ばしても届かない。
空は遠いものだと、今更ながらに思い出した。

「戻りたいか?」

そう問われ、彼を見つめ無言で首を振る。この手を離すことは自分にはできなかった。
彼の胸に凭れ、ふと胸元に仄かな熱を感じた。視線を落とすと、星屑が光を宿しているのに気づく。
赤い色。その煌めきは、愛しい想いの色だと知っている。
そっと欠片に触れる。その手を彼の大きな手が包み込む。
彼と目を合わせ、微笑んだ。

「愛している」

甘い囁き。頬が熱を持ち、思わず俯きそうになるのを耐えて、言葉を返す。

「私も、愛してる」

貰った時には恥ずかしくて言えなかった言葉。
ようやく言えた。恥ずかしさよりも嬉しさが勝り、また一筋涙が溢れ落ちた。
目を閉じる。額に触れる熱を感じながら、流れた星に向け、ありがとうと呟いた。

4/27/2026, 3:10:10 AM