イオリ

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心の健康 

 さすらいの妖怪。風に紛れて、すれ違う人の心をひとつまみ、摘んでいく。

 ある日、その妖怪が僕を訪ねて来て妙なことを言ってきた。

 これ、欲しいか。返して欲しいか。  差し出された手の上には、ひとつまみ分の光があった。とても弱々しい、切れかけの豆電球
の様な光。 

 何だこれは。

 昨日、お前さんから頂いたものだ。お前さんの心の1部。

 これが僕の心?

 すまんな。 妖怪は申し訳なさそうに、僕の胸にその光を押し込んで埋めた。

 いつもなら、心の隅っこをほんの少し頂くんだが、手元がくるってど真ん中を摘んでしまった。許せよ。

 そう言われても。なんの実感もなかった。

 まあ1部だからな。無くてもさほど影響は無い。影響があるほど盗むのは、3流のやることさ。  

 1流は失敗しないんだろうけど……。

 ぐっ。生意気な人の子。それにしてもお前さん、なぜそんなに心が腐っているね。

 ……何を言う。腐っている?

 ああ。見ただろう、さっきの光。心の端っこならまだわかるが、ど真ん中があれなのは、腐っている証拠だ。

 3流妖怪風情が、偉そうに。もう大丈夫だ。

 もう?もうとは?

 医者に診てもらった。心の専門の医者。もう問題ない。

 愚かな……。

 何がだよ。

 人間に人間の心が見えるものか。見てみよ。  そう言って、妖怪はテレビのリモコンのスイッチを押した。

 毎日毎日、戦争だ、殺人事件だと、こんなニュースで溢れているではないか。本当に心が治せるなら、こいつら全員、人間の心の医者に見せればいい。でもしないんだろ?無駄だから。できないから。 

 そんなこと僕に言われても……。

 まあいいさ。それより、お前さんには借りがある。その気があれば、人間のヤブ医者じゃなくて、こちらの本物の心の医者を紹介しよう。

 本物って?

 本物は本物さ。人間はうわべだけ。妖怪にはうわべは無意味。お前さんの本当の心を見せてやれるぞ。
 
 なんだか怖いな。怖いことを言う。

 

 まあ妖怪だからな。 

 妖怪はニヤッと笑う。

8/14/2024, 2:40:43 AM