危うい人だ、と一目見て確信した。
ふらふらと落ち着きなく動き回るくせに、その行動範囲はひどく狭い。誰かが連れ出さないと決められた場所から出てこない、いや、出られないと思い込んでいる。
日毎交代しながら誰かしらが彼女の隣にいる。過去に自ら命を絶とうとしたことがあるらしく、繊細なガラス細工を扱うかのように無理強いせず、彼女のささやかな我儘を聞きながら傍観している。誰もかれも間違ったことだと認識していながらどうすることもできずにいた。
どこか夢うつつのぼんやりとした瞳が瞬いた。バチリと爆ぜるような効果音がつきそうなほどはっきりと、それまでの靄が全て消え去ったような澄んだ瞳が俺を捉えた。
これはチャンスだと思った。逃してはいけない、ここで逃せば彼女を見捨てるのと同じだ。彼女にはちゃんと意思があってまだ残っている。不安か恐怖かそれ以外か、理由はどうであれ彼女の視界を曇らせ思考を奪った何かから助けてほしいと乞われている気がした。
今にも閉じてしまいそうな本来の瞳を留めようと手を伸ばす。強く腕を掴んで狭い部屋から庭へと引っ張っていく。
翳って寒々しい空気で満たされた場所よりも日の当たる場所で彼女を慕う人たちと笑い合う方がいい。
助けを求めたその一歩を誇りに思う、
動けないのならその手を引こう、
絶望を打ち消すほどたくさんの希望を探そう、
ほんの数十年の命を諦めてくれるな
時間は有限だ。彼女と俺とではその有限すら差がありすぎる。数十年先で彼女は俺を置いていってしまう。
きっとこれは俺の我儘だ。ほんの瞬きの時間を見捨てて後悔したくない。いつか終わってしまうならばせめて思い出だけでも残してくれ。こんなこともあったと笑えるようになりたい。
―― だから、諦めはしない
彼女を助けるため、なんて都合のいい嘘をつくことを許してほしい。
【題:やさしい嘘】
1/24/2025, 1:05:07 PM