宵風に吹かれたい

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俺には付き合っていた彼女がいた。でも、顔も、声も、匂いも思い出せない。
どうして別れたのかも分からない。でもきっと、俺の記憶喪失のせいだ。交通事故にあった。その衝撃で記憶がなくなった。
事故に遭ってから彼女には会ったことがない。「彼女がいた」という事だけが知らされた。

でも、どうしても思い出したくて、俺が交通事故に遭った場所に行ってみた。そこには花が置かれていた。
俺は死んでいないのに。そう思ったが、花の横に置かれている手紙には女の子の名前が書かれている。
あ…彼女の名前だ。記憶はない。でも、ふとそう思った。
顔も声も匂いも思い出せない。でも、事故に遭った時、彼女の頬に伝った涙。だんだんと冷たくなっていく彼女の体温だけを思い出した。
あぁ、彼女は、俺を庇って死んだんだ。

ただ、それだけを思い出した。
それだけ。だけど、俺は彼女に死んでほしくなかったんだと思う。
あぁ、なんで、なんで、俺なんか庇ったんだよ。

何も思い出せないのに後悔、そして、コンクリートに涙の跡が残った。

7/26/2025, 2:19:43 PM