回るもの。
誰の意思にも関わらず、世界のどこかで淡々と回り続けるだけの、二重もしくは三重に重なった細い針。たったそれだけの存在でさえ、今の私にとってはひどくおぞましくて憎いものに思えた。彼らが周回数を増やすたび、私は確実に時間が経過していることを知ってしまう。
あなたが終わりに近づいていくことを感じてしまう。
「また、何か考えていたの」
薄らと穏やかな微笑みをたたえて、あなたは壊れた柱時計を眺める私にそっと寄る。話す時に相手を見上げるのは、いつからか私の役目ではなく、車椅子に座るあなたの役になっていた。
日々、段々と石になっていくあなたの脚を見たくなくて、代わりに文字盤をじっと睨みつける。
「いいえ、なにも」
こんな機械が止まったところで何も変わるわけではないのに。そう理解していても、この針を再び動かす意味はないように思えた。この小さな家で時を告げるものは、あなたを含めてももう数えるほどもない。
あなたは私の視線の先を追うと、役目を終えたその家具を労わるように撫でた。
「止まっちゃったね。私より先に動かなくなるなんて。残念。あの鐘の音、好きだったんだけどな」
あなたはきっと私がこれを直すことがないとわかっている。それでも私に直接何も言わないのは、あなたなりの優しさなのだろうか。胸が痛かった。
古かったから仕方ないね、なんて笑いかけないで欲しかった。
確かに彼は、彼らは、あなたを起こす時間を教えてくれた。あなたと食事を囲む時間を教えてくれた。あなたと出かける時間を、お茶の時間を、眠る時間を教えてくれた。どれもなんてことはない日々の繰り返しで、かけがえのないものだった。
でも、だって、これは失われていく時間を示すだけで、あなたとあと何度こんな幸せを繰り返せるかなんてことは教えてくれないじゃないか。だから、だから。
「……ごめんね、ほら、そんな顔しないで。私は君といられるだけで十分だから」
いつの間にか零れていた涙を、私の頬からあなたの指がすくい取る。あたたかかった。
あなたみたいな人が呪われるべきじゃなかった。
「そろそろお茶の時間にしようか、それとも、散歩の方がいいかな。外に出るのは久々な気がするね。庭の花の調子はどう? 君がいつも水をあげてるの、知ってるよ。綺麗に咲くといいね」
頷く。頷く。頷く。
やさしい師匠。偉大な魔法使い。わたしのただ一人の大切な人。
あなたとの日々を緩慢に送る。進み続ける時間から目を背けて、規則的な右回りの針をこの手で折って。
外はきっと風が冷たいからと、あなたの脚をしっかりと覆うようにブランケットをかけ直した。
【時計の針】
2/7/2024, 7:56:07 AM