「big love!」
「び、ビッグラブ…!」
黄が挙動不審でカタカタ動きながら両手を胸ポケットがある辺りで形作って見せる。目はテレビに向かってメガテンをプレイしているKの方に逸らして伏せられている。
逆に言うとハートはおれの方に向いているので、こんなに心のこもってないハートは初めて見るが、そもそも友人に向かってハート型を手で作ってみせる男友達はいた試しがない。いや、友達自体がいない。
全員が知り合いだから。
おれは昼食に出した素麺の後片付けをしながら「そうなんだ」と言ってそのままシンクに皿を持っていった。
「……K、リアクションがない時はどうするの?」
黄が振り返ってKに聞いている。
「基本、何事も探索ですね。」
それはゲームの進め方の話じゃないかな、とおれは思ったが、気にせず皿をじゃぶじゃぶざっくり洗ってオケというか棚というかに伏せた。
「おれは嗅ぎ回られるのはごめんだ。黄はもうウンザリするほどKからおれの情報を買ったろう。」
軽くタオルで手を拭いてそのままポンと置く。
黄がそっと振り返って言った。
「そ、そう…?Kには金は渡してないけど…」
「ソフト増えたよね」
「あ、それは、友達なので…」
黄のハート型が段々虚しく崩れて手が尻の後ろに隠れる。
「大体その、それはなんの催し物なの」
褒めて欲しい。
おれは「何の真似だ」とは言わなかった。
すんでの所で黄の立場も思い遣った。
「新人が…こうやると人脈が増えるんですよって、」
早々にメタ存在「新人」の名前を出して来やがった。
新人はスターシステムで隣の脚本に存在するトリックスター的なデクノボウのことだが、偶に次元の壁を突き破ってゲームの進捗を見物しにくる。
「人脈が増えるって言い方が新人らしいね。」
おれは何か言おうとしたがその前に深く首を左右に振っていた。
ハートで友達になるか。
「前から思ってたんだけど!」
黄が跳ね上がるように声を上げた。
「smile mark、おれにだけ当たりがキツくない?友達ってもっと気軽にお試し感覚でなって…も…いい…」
声が小さくなって消えた。
自分の発言にリアリティを感じることが出来なかったんだと思う。
おれはため息というか、深呼吸というか、深い息をした。
黄が何を求めているかは知っている。
無駄に勇気を使わせたのも悪いと言えば悪いような気もしなくもない。
「ただ、お前は何か勘違いをしてるぞ。」
おれはちゃぶ台の横に胡座をかいて藤の菓子皿からチョコレートを一欠片取った。
「な、何かな…」
チョコレートの包みをKの後ろ頭に投げると触手のようにKの腕が器用に背後に伸びてそのままチョコレートの包みを受け取った。宇宙猫を自認しているだけのことはある。なんとなく気味の悪い動作をする。
「おれは。」
「親父のことを、」
「恨んでないとは言わないが、今更ああだこうだと言って解決しないし、お前とベタベタと傷の舐め合いをする気はない。」
「あ、そこなんだ?」
黄の声が軽く跳ね上がった。
「そこが理由でおれに付き纏ってデータを集めてたんじゃないのか。」
黄はおれと同じベトナム出身でフランスと中国と日本の血を複雑に引いている。
他に接点が特にないのだ。
肌の色もそうだ、やや浅黒いというか、ココアを薄めたような黄褐色だ。
パッと見ると俺たちは何処から来たのかわからないような顔立ちや肌色をしている。
「君のことはその…気になっては居たけど、別に生まれで括っていたわけでは…」
「おれノンケだよ。」
別にそうだという確信はないが適当な嘘をついた。
「いやそういうのでもないんだけど、友達は多い方がいいかなって、」
どの口が言うんだ。友達の最初のハードルがおれで、最後まで越せてないだろう。
「大体何が理由でおれなの、」
菓子皿から掴んだチョコレートの袋を一つ黄の頭に投げた。
工場で器用にレンチを受け取る男が、瞼にチョコレートの包みをヒットさせて眩しそうに瞬きしていた。
「それはこれから考えるので…」
問い詰めるのも体力を使う。
黄はよくわからないところのある男だ。
了
4/22/2025, 1:58:37 PM