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 これから死んでいくんだろうな。って人を前にして言えることなんてないよ。帰りたいなって思っていた。ここではないところへ。
 夜らしい闇に染まり始めた街がバスの窓から見えた。重そうな暗雲が血を流すみたいに夕暮れの赤をちらつかせている。足は疲れていたけど、バスは踏切を静かに待っていた。踏切の中だけはやけに明るくて、そこを通っていく人は光を通り過ぎていった。闇から来た人の頭が、一度光を通って、また向こうに歩いていった。
 バスが進みだした。光は簡単に私の上を通って、向こう側に消えていった。また一つ、時間を通り過ぎた気がした。

10/1/2023, 12:18:29 PM