うどん巫女

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1件のLINE(2023.7.11)

「ええー…」
目の前で閉まったドアと、無情に過ぎ去っていく電車。思わず気の抜けた声が出る。遠くの方で鳴いている蝉の声が、より虚しさを際立たせた。
時刻表を確認すると、次の電車は20分後。まったく、田舎ってのはこれだから…。
仕方がないので、ホームの寂れたベンチに腰を下ろして、何の気もなしにスマホを見る。
「あー…めっちゃ通知たまってる…」
返信が億劫だからと未読のままにしていたLINEが21件。それを1件ずつ確認して返信するのは面倒だが、20分という微妙な時間を潰すのにはちょうどいいだろう。
死んだ魚のような目でぽちぽちと返信していって、残り1件となったとき、私はぴたりと指を止めた。
そのメッセージが送られてきたのは、1年前の3月。私が高校一年生のときだ。並大抵の人なら、それほどの期間未読スルーするような関係なんて、余程険悪か疎遠なのかと思うだろう。まぁ、ある意味疎遠というのは間違っていないかもしれない。このメッセージの送り主は、既にこの世にはいないのだ。
1年前、とてもくだらないことであの子と喧嘩した。きっかけはなんだっただろうか…もう、あまり覚えていない。あの日、あの子と口論になって、喧嘩別れをして…次の日、あの子のご両親からの電話で、もう二度と仲直りできないということを知った。交通事故だったらしい。帰宅途中、家の近くの横断歩道を渡ろうとしていたあの子に、信号無視したトラックが突っ込んできて…即死だったそうだ。あまり詳しくは、聞けなかった。
メッセージの送信時刻は、あの子が亡くなる10分前。きっと、家路の電車の中で打ったのだろう。あの子の訃報を聞いてからその通知に気づいて、内容を見る前に通知を消してしまった。もしそのメッセージを開いて、読んでしまったら。既読をつけてしまったら。あの子がもう、返信などできないのだということを嫌でも受け入れなければいけないから。
けれども、きっともう、潮時だろう。この一年、嘆いたし、悲しんだし、憤った。そして、諦めがついた。もう、あの子はどこにもいない。私が既読をつけたってつけなくたって、帰って来はしないのだ。
震える指をなんとか動かして、あの子とのチャット画面を開く。

『ごめん。私が言いすぎた。明日また、一緒に帰ってくれますか?』

もう枯れ果てたと思っていた涙が、ひとつこぼれた。短くて、大した内容でもないメッセージ。しかし、当たり前だが、このメッセージを送ったときのあの子は、まだ明日があると思っていて、私と仲直りして、また明日一緒に帰りながら、笑い合えると信じて疑っていなかっただろう。無機質なデータの塊の中で、あの子がまだ微笑んでいるような気がした。
きっと、既読は永遠につかないけれど、私は一年越しの返信をする。
『ごめん。一年も放っておいてごめん。私の方こそ言いすぎてごめん。一緒に帰れなくて、ごめん。』
未読メッセージは、0件になった。

7/11/2023, 2:53:41 PM