川瀬りん

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『見つめられると』



こんな伝説がある。
何百年も前、とある田舎の村の外れにある森の中で、体長10メートルは越える大蛇が住んでいた。その大蛇に見つめられると命を奪われてしまい、肉も骨もなくなってしまう。
森に入った村人の多くがその消息を絶ったという。
しかしある日、徳の高い僧侶がやってきてその大蛇を岩に変えて封印したのである。
再び大蛇が解き放たれないように村人はその岩を祀り、また年に一回は意思を継いだ僧侶の子孫が、その封印を再度行い続けなければならない。


――懐中電灯の灯りが夜の大蛇岩を照らす。
二人の少年が蛇の腹から頭に向かって歩みを進める。しかし一人は、もう一人の少年の体にくっついて怯えた表情をしている。


「ねぇ、よっちゃん、もう止めようよ……」


そう消え入るような声で囁いた少年に、よっちゃんと呼ばれた少年は怪訝そうな顔をして振り向く。


「まだ怖がってるのかよ。ハル、少しは男になれ!」
「だって、蛇が動き出したらさ……」
「……あのなぁ」


よっちゃんは足を止めてハルを引き離す。


「あんなのただの言い伝えじゃん。そんなのを信じて怯えてるお前は異常だって」
「で、でも……毎年お坊さんが鎮魂祭するじゃない。言い伝えだったらする必要、な、ないでしょ?」
「昔からの伝統だから、真実か嘘かなんて分からなくてもやるもんなんだよ。そういうもんだ」
「で、でもっ、明日が鎮魂祭だし今晩は、一番封印が弱まる時だって……に、兄ちゃんが言ってた」
「あー、もう! そんなに怖いならそこにいろよ! 俺だけで行くわ」


バカバカしいとばかりに、よっちゃんは一人で先へ進み始めた。

だいたい、伝説通りなら蛇に遭遇して誰も生きてないってことだろ?
じゃあ誰がそのことを伝えたんだよ。

よっちゃんはそう思っていた。
肝試しと称して友達を何人か誘ったが、ハル以外は誰も来なかった。皆ビビっている。ハルは断れない性格だから来たのはわかっていた。
だけどこんなにビビり散らかして足を引っ張るなら置いてきたほうがマシだと思ったのだ。

大蛇岩の正面に来たとき、よっちゃんは懐中電灯の光を大蛇の顔に当てた。
夜は初めてだったが、昼間と変わらず大蛇は岩としてそこにあるだけ。


「やっぱりただの岩だっつ―の。おーい、ハル! 来いよ! 何も心配いらねぇか――」




ハルは地面に尻餅をついた。
大蛇岩の腹がうねったように見えてビビったのだ。
――いや、見えたのではない。事実、うねった。
顔を上げるとやっぱりそれはうねっていて、ハルは恐怖で声が出なかった。
よっちゃんがさっき呼んだ気がしたが、もうそれどころではない。
漏らしたかもしれないと感じたが、ハルは構わず立ち上がって震える足を必死に動かした。
逃げなければと。

今までにないくらい走って、森を抜け麓の寺院に駆け込んだ。震える声で騒ぎ立て、住職に話をしたところ大騒ぎになった。
ハルにはどういう経緯でそうなったかはわからないが、気付いたら警察やハルの親……よっちゃんの家族が来ていた。

警察に事情聴取をされ、よっちゃんの家族は泣いているし、自分も震えが止まらなかった。

その後、警察や捜索隊に大蛇岩は大蛇岩としてそこにあったし、動いたなんてありえないと告げられた。
幻覚を見たんだと言われた。




ハルが大人になった今も、よっちゃんは行方不明のままである。






終わり

3/29/2024, 9:09:15 AM