『秋月の夜道に配慮下さい(しゅうげつのよみちにはいりょください)』
秋分の日が色味を帯びる今日この頃。
家路に刺さった風車が夏の残り香に吹かれ、カラカラと鳴っている。
今日も学校は平和だった。なんら変わりない日常。
まだ青みを残したイチョウが「それでいいんだよ」と僕を諭す。
ふと赤の信号で足を止めると思い出すことが一つある。
丁度二年前の今日のことだ。
_二年前
僕は人と話すのが苦手だ。もう数ヶ月とたった教室の笑い声を後に、そそくさと校舎から家という名のシェルターを目指し出発した。
右手には、かの有名な文豪の本を。
左手には、今日雨が降ると勘違いして持ってきた傘を。
雨が降るならば本は読まないが、嬉しいことに雨はもう止んでいた。
太陽に照らされる水染みたアスファルトが、紅葉の落ち葉と混ざり合ってこれぞ風流というような美しい風景になっている。
意図せず、心が浮き立つ。
本を鞄に仕舞い、その上を歩いてみた。
まるで、暁に宿る月の表面をふわふわとなぞり歩く感覚だった。
歩く度に水分を含む紅葉の音が僕の心をざわざわと吹き抜ける。
頭上から降り注ぐ暖かな光はその様子を見守っているようで。
僕はついつい、お気に入りの歌を口ずさんでしまった。
「この大空に翼を広げ飛んで行きたい~...」
「「なー」」
「なー…?今僕じゃない声が聞こえたような気がする…」
僕では出すことのできないソプラノが聞こえたような気がして、僕はたまらず辺りを見回した。
だが、周りには、はらはらと色とりどりの葉が舞うだけで他には何も見当たらない。
「やっぱり気のせいかな…」
そう思い、もう一度歌うために息を吸う。
「「悲しみのないー自由な空へー翼はためかせー行きたいー」」
やはり気のせいではない。何処からか声が聞こえる。
右か左かはたまた下か。美しい声の主を近くから遠くまで見て探す。
「「こっちだよ」」
シャラン
と鈴の音が聞こえたかと思えば、それに混ざって誰かの声もする。
そして、上を探していないと上を見ると、
一人の少女が浮いていた。
ゆらゆらと黒のセーラー服をはためかせ、何もない空間にちょこんと座ってこっちを見ていた。
黒く長い髪、対して白く長いまつ毛、さらには黄金ととれる目の光が僕の胸を鋭く通り去った。
「ねぇ、君、どこの子?」
名前を聞くことすら苦手なこの僕が、口をついて出た言葉だった。
「どこの子…ねぇ。まぁ、黄昏の幽霊ってとこかな」
いつの間にか夕暮れ時に染まっていた家路は彼女を安心させるかの如く、とても眩しく輝いていた。
それから僕は、彼女と色んなことを話した。
好きなこと、嫌いなこと、好きな本のこと、嫌いな教科のこと、
好きな季節、嫌いな季節、楽しかったこと、悲しかったこと、
好きな人のこと。
毎日のコミュニケーションの中で、こんなことを彼女は教えてくれた。
「私の死因はね、交通事故なの。飲酒運転のトラックに跳ねられて即死亡。死んで幽霊になってもしばらく自分が死んでるって気づかなかったね」
そう彼女は言って、じゃあまたねと静かな闇に消えていった。
彼女の死因なんて僕は気にも止めないでぐっすりと眠りについた。
翌日、僕はいつも通り寝坊し少し遅い時間に家を出た。
走って走って、やっと休める開けた大通りの赤信号。
ふぅと息を吐き、無さすぎる呼吸を無理やり整えようとする。
その瞬間だった。
トラックが、僕を目掛けて走ってきた。
正確に言えばそう見えただけで実際は違ったのかもしれない。
あまりに衝撃のことすぎて、声も出ず、たった一言
「あ」
_現在
今思うと、本当になんだったんだろうか。
意識を失ってから僕は病院に運ばれた。
しかし、それはトラックに引かれたからではない。
「''急に叫びだして、引かれる、引かれるって言いながら周りの子供を捕まえて道路に飛び出したんだって''」
嘘だ。そんなことするはずがない。
しかし、その時僕の脳内にある声が走ったんだ。
「''私のこと好きなら、なんで死んでくれなかったの?''」
あまりにも狂気的で冷たい声で、冷や汗が止まらなかった。
その日はそのこともあり、一旦学校を休んだ。
はてさて、これは彼女が幽霊と触れあえる僕をあちらの世界に連れ去ろうとしたのか。
それとも、ただ単純に''好き''が止まらなかったから?
そんな疑問を頭に浮かべ、僕は今日も右手に本を持つ。
題名は
『秋月の夜道に配慮ください』
そう言えば、今日は帰りが遅れて夜の帰り道なんだよね。
秋、生き残った蝉が虚しく、何よりも悲しくないた。
お題『声が聞こえる』
9/22/2023, 3:17:17 PM