小さな手を掬い上げるように両手できゅっと握った。
暖かいとも冷たいとも言い難い手の温もりが、仄かに伝わってくる。
目の前の彼女は小首を傾げて、何をするのかとこちらを見ている。どうしたの。そう言うように覗き込み、見上げてくる。
拾われて包み込まれたその手は、所在無さげにしながらもそのまま貸してくれていた。
「なんでもないよ」
言いながら、しばらくそうしていると互いの手の間にじんわりと温かさが生まれてくる。
本当にどうしたの。と、再度彼女が目で訴えてくる。
「……なんでもない」
また同じように答える。
なんでもない。
本当になんでもないんだ。
意味はない。目的もない。
なんなら、自分でもわかっていない。
いや、わかってないわけではないのだ。ただ、それを言語化するのが難しい。
焦燥感、喪失感、妬み、恨み──そんなような、でもそれではないような。モヤモヤ、と表するのが一番手っ取り早いような。
理由のひとつは見当が付いている。
単なる日常。いつもの、なんでもない会話。
『いつも元気だよね、悩みとかなさそう』
「はは、そうですか?」
──本当はそんなことないのに。
『メンタル強いから、大丈夫でしょ』
「がんばりますね」
──本当はそんなこと、
『悩みとかある? あったら言ってね』
「ありがとうございます、大丈夫ですよ」
──本当は、
『ほら、いつも忙しそうだから、あんまり遊びとか誘っちゃあれかなって』
「ごめんね、気遣ってくれてありがとう」
──……。
単なる日常。なんでもない会話。
別になんでもない。
そう、なんでも。
だって実際、他人にとってはなんでもないことなのだから。
だから当然自分にとっても、
「なんでもない、はずなんだよ」
そうであるはず。
そうでなければならない。
そうじゃないとおかしい。
だから、なんでもないと、笑わなくてはいけない。
それがむしろ、人として当然なのだから。
顔を埋めるかのように態勢を低くして蹲れば、彼女は反対に身を乗り出し頬ずりをし、──かと思えば身を捩ってどこかへ行ってしまう。
小さく鼻を啜る音に被せて、彼女は遠くで「にゃあ」と鳴いた。
title. うまくいきるために。
Thema. 何でもないフリ
12/12/2024, 6:27:06 AM