秋埜

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 月は年々少しずつ、地球から離れているのだと言う。古い絵画に描かれた月輪が大きく光輝いているのも誇張ではなく、当時の月は確かに今より大きくて明るかったのとか。
 もしもそれが本当ならば、何万年か、何百万年か後には、誰かが夜空を見上げたとしてもそこに月の姿はもうないのだ。人類は月というものをはるか古代の記録で知るしかない。もっとも、それまで人類が存続していたとしての話だけど。
 月はゆっくりと時間をかけて、だけど確実に地球から遁走できる。私は月を、堪らなく羨ましいと思う。孤独を好む個体は、生物としてどうしようもなく出来損ないだ。命は他の命なくして存在し得ない。人間ならば尚更、どれほど他者を疎み独りを愛そうとも、社会というインフラがなくては生きていけない。孤高で在れない自分を、私自身がどれほど蔑んでいることか。
 月に願うことがあるのなら、私の孤独を一緒に連れて行って欲しい。そうして地球から何万光年も離れた先で、何もない虚空に放り出して欲しい。私の魂はそこでようやく安らぎを得るだろう。
 遠く離れた青い星を見留めたその時には、故郷を懐かしく思うこともできるかもしれない。永久の孤独に微睡みながら。

5/26/2023, 1:07:52 PM