風景
画家を目指している彼は今日も浜辺に向かう。
私は気まぐれについて行ったり、行かなかったりする。
まあ、どうせ付いていっても完成画を見せてくれるわけでも、話してくれるわけでもないので一人で波と追いかけっこするだけなのだが…。
ある日彼の作業場に猫が入り込んでしまった。
立ち入り禁止と言われているが、そのままにしておく方が怖いのでこっそり入ってこっそり猫を捕まえることにした。
「失礼します…」
と一応言っておく。
キィと開けた扉の隙間から猫を探す。
予想以上に絵の具やら紙やらペンやらが散乱していてなかなか猫は見つからない。
すると奥の方に作品が立てかけてあるような場所を見つけた。そしてその下にいる猫も見つけた。
「…いた!」
慌てて口を手で塞ぐ。私の声に反応して猫の警戒を強くしてしまった。
いけない、いけない。
彼を怒らせたくないから急いで捕まえよう。
とゆっくり中に入る。
意外にも猫は人間慣れしているようで、すぐ腕の中に入ってきた。
「よし、戻ろうね」
と猫に話しかけた時、ずらりと並ぶ彼の作品が見えた。
いつも書いている海の絵だ。
私が見ている海をそのままうつしたような作品だ。
「…写真みたい」
そうつぶやいた後に、端のほうに隠れている絵を見つけた。
まあ、少しだけ…とその絵に近づいて、絵を持ち上げた。
「え…」
と自然と声が出て、抱いている猫が私の顔を不思議そうにのぞく。
隠れていた絵に描かれていたのはいつも描く海と、楽しそうに波と追いかけっこをする私だった。
いつのまにこんな絵を…と驚く一方で、こんな場面を描かなくても…と恥ずかしくなる。
そしてもう一度、感情を抑えて彼の絵を眺めてみる。
すると他の絵と何かが違う気がした。
私がいるのはもちろん異なる点なのだが、何か、何かが違う…
ふと床を見ると絵の具が散らばっていた。こんなとこに置いとくと邪魔になっちゃうよと思い、片手で拾い上げる。全てを拾い上げた時、その絵の具が黄色や赤といった明るい色ばかりであることに気づいた。
もちろん他の絵でも使ってるのだろうけど、この絵は段違いに色鮮やかだ。
そんなことを考えていると後ろから
「何してるの?」
と彼に声をかけられた。
勝手に入られただけでなく、絵を見られているのも相まってなかなかに機嫌が悪そうだった。
「あ…ごめん。猫が入り込んじゃったから捕まえたらすぐ出るつもりだったんだけど…絵が素敵だったから見惚れてて…」
と私は気まずそうにもごもご答えるしかなかった。
「はあ…」
と彼のため息に驚いて腕の力が緩んだ時、猫はスタスタ〜と外へ出ていってしまった。
「あっ…」
君のせいでそうなったのに!てか私を置いてかないで気まずいじゃん…と私はそんなことを考えながら俯くしかなかった。
すると彼は私の横に来て、
「この絵。見ちゃったの?」
と聞いてきた。
「うん…。ごめん」
さっきと同じことしか言えずにさらに俯いてしまう
怒られるよ…彼怒ると意外に怖いんだから。そう思っていると彼の口から
「どうだった?」
という言葉が出てきた。
「…へ?」
予想外の言葉に思わず彼の顔をじっと見つめてしまった
「だから、この絵どうだった?」
聞き間違いじゃなかったと思いつつ早く答えなきゃと懸命に言葉を紡ぐ
「えっと…なんか、あの…他の絵より、わかんないけど、鮮やかな気がした…。なんかキラキラしてる?みたいな…?」
より気まずくなって、へへ…と付け足してみたけど答えが合ってるのかもわからないからまた俯く。
すると彼は私を見つめて、
「やっぱり、そうだよね。なんか君を描くと色が多くなるんだ」
と静かに言った。
彼の言葉に戸惑ったが、それよりも引き込まれそうな彼の瞳から目を逸らすことができなかった。
5秒くらいお互いに見つめ合っていた時、彼のスマホが鳴った。
助かった…と気まずさから解放された私は
「ご飯の準備してくるね」
と早口で伝えて、彼の部屋を出ていった。
階段を降りているとき、通知が来て良かったと思うとともに何故か残念な気持ちがした。
「なんか君を描くと色が多くなるんだ」
という言葉が、彼にとって最大の愛の告白であることを知るのはまた別のお話…
4/12/2025, 2:19:32 PM