夜空の音

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今日だけ許して

『はじめましてー!どこ住み?』
ポンとなった通知と共に、メッセージが画面に表示される。
“𓏸𓏸です”
『近いねー』
『てか見た目めっちゃ好みで!今晩とか会えない?』
すぐに帰ってきたメッセージを横目に、1つ大きく息を吸った。
“はい、大丈夫です”
そこからはトントン拍子に会話が進んで、待ち合わせの時間と場所が決まった。

服は適当でいい。どうせすぐ脱ぐのだから。
メイクは崩れにくいものにしよう。きっと擦れるから。
お金は現金だけにしよう。カードや個人情報を抜かれたら困るから。
支度をすると共に流れる時間の波が、とてつもなく重たく感じる。後ろ髪を引かれる思いで、時計を無視した。

「𓏸𓏸ちゃん写真とまんまじゃん!」
待ち合わせの場所でしばらく待つと、知らない男の人に私ではない名前を呼ばれる。写真と違う顔をしているけど、顔はどうでもいい。
「ーーさんですね、はじめまして」
できる限りの笑顔を顔に貼り付けて返事を返す。挨拶もそこそこに、知らない男の人に連れられて建物に入った。

「てか𓏸𓏸ちゃんなんでアプリ入れたの?彼氏に困らなさそうじゃん」
事が終わって、タバコの煙の中知らない男の人は尋ねてきた。
「アプリ入れた理由ですか....?」
服を着直しながら、どうして?を自問自答するが、どれもこれも違う気がして答えられない。
カバンから消えたものがないことを確認して、無事なことに一息ついた。
相手がタバコを吸い終わりそうなのを横目に見ながら、今度は私がタバコに火をつける。
1度煙を肺に入れ、煙を吐き出すと共にありきたりな返答をした。
「今日は1人でいたくなかったからです」
ふーんと、知らない男の人はそれ以上追及してくることは無かった。
私は手元の煙を吐き出す灯をぼんやりと見つめた。
「....くさい....」
ボソッと声に出てしまった言葉に知らない男の人は気づいていない。
白いパッケージに入ったセッターは、私には美味しいと思えない。むしろタバコくさくて、吐きそうになる。
それでもふとコンビニに立ち寄ると買ってしまう。夜になると火をつけてしまう。大嫌いな匂いを求めてしまうようになって、1年になる。

建物を出て、知らない男の人は夜の街に消えて行った。
私は空を見上げて、また火をつける。口から煙が出ると共に、街灯がぼやっとしてはくっきりとする。その繰り返し。
スマホが日付が変わったことを知らすバイブが1度なった。
「お誕生日おめでと。....ごめんなさい。」
空に向けてつぶやく声は静かに消えて行った。
セッターが大好きなあの人と別れて、1年が過ぎた。

10/4/2025, 1:47:17 PM